足元もおぼつかないマリトをこのまま家に帰すのも気がひけたので、泊めるつもりでゼンガは自分の家にマリトを連れてきた。
家に着く頃には歩く事より眠気が勝っていて、ゼンガが支えなければそのまま道端で眠ってしまいそうな状態なのだ。
さて、どこに寝かそうかとゼンガは考える。ザムスが泊りに来た事はあったが、マリトが泊ったことはない。
ザムスなら遠慮なくソファーにでも転がすのだが、マリトはどうしようかと悩んでしまった。アシュカが起きていればそれなりに体裁を整えてくれたのだが。
自分のベッドはアシュカとのダブルベッドなので、いくらなんでもそちらには寝かせられない。少々申し訳ない気もするが、部屋からブランケットでも持ってきてソファーに寝かせようかとマリトを横たえた。
横になった事が分かったのか、かすかにマリトが目を開ける。
「マリト、今日はこのまま泊まっていけ。そもそも、ここがどこか分かるか?」
「・・・・・・」
「あー、いい、いい。そのまま寝てたらいい」
目を開けたはいいが、すぐに閉じてしまいそうなマリトに声をかける。聞こえたのか聞こえてないのか分からないが、マリトはそのまま目を閉じた。
ゼンガの服を掴んだまま。
「・・・・・・」
今度はゼンガが黙り込む。マリトの手を外そうとするが、逆に強く握りこまれてしまう。まだ完全に寝入ってはいないのだろう。
ふと、ゼンガはケイニーの小さい頃を思い出す。
今は会話さえままならない息子だが、小さい頃は普通の親子だった気がする。
このまま自分も寝てしまおうか? 幸いソファーは背もたれを倒せるタイプなので自分も横になる事が出来る。
酒量を見誤っって止めてやれなかった事にも少し罪悪感もある。口数の多かったマリト自身も心配だからと、ゼンガは割り切った。
すでに横になった成人男性を動かすのは骨が折れるが、マリトが多少なりとも体を動かしくれたので何とか自分が横になれるスペースを確保する。
ブランケットを取りに行けなかったが、別に風邪をひくほどの気温ではないので気にせずそのままゼンガは目を閉じた。
マリトが目を覚ましたのは普段起きる時間よりずいぶん遅めの時間だった。
アシュカの朝食を作る音で目が覚めたのだが、酒量がたたったのかマリトはまだまどろみの中にいた。
「マリト、いつまで寝てんだよ」
「ケイニー、いいからギリギリまで寝かせてやろう」
「はあ? 今起こさないとメシ食べる時間ないだろ?」
「食べる時間がないならサンドイッチを包むけど?」
「そうだな、そうしてやってくれ」
「ちょ、なんで!」
「え?」
そこでさすがにケイニーは口をつぐんだ。”なんでこいつにそこまでしてやるんだ!”なんて言ったら、両方から責められるに決まってる。
はっきり言ってムカつく。
マリトに対する両親の態度もムカつくが、口をつぐんだ事でマリトに負けているのを自覚してしまった事もムカつく。
これ以上話す事も面倒になって、ケイニーはイライラと朝食をかきこむ。さっさと食べてしまって、マリトが完全に目覚めないうちに部屋に帰ろうと思ったのだが、そうはうまくいかなかった。
家族の会話でやっとマリトの頭が回転し始めたのか、ようやくはっきりと今の状況を理解した。
「すみません! 僕」
「あらごめんなさい、起こしちゃったわね」
「いえ、僕の方こそこんな時間まで」
「いいのよ。うちの人が飲ませたんでしょ? 待っててね、今朝食を包むから、むこうで食べてね」
「すみません、ありがとうございます」
やっと自分がゼンガの家に泊らせてもらい、しかも誰よりも遅くまで寝入っていて、更に朝食まで用意してもらっていた事を自覚した。
申し訳なさで顔から火が出そうだ。
しかも洗面所をご自由にと言われ、こうなったら厚かましくなってやろうとありがたく使わせてもらう。
顔を洗うとさっぱりと目が覚める。
さて、昨夜何をしただろう?
ただ酔っぱらって寝ていただけの気がする。
でもなんだか懐かしいと思う気持ちが残っている。昔、小さい頃母と一緒に寝ていたような。
そういえばゼンガさんの服を掴んで離さなかった気がする。
酔っぱらって管を巻いただけでも迷惑だったろうに、さすがに自分の行動に洗面所でため息をつく。
「そこ、使いたいんだけど」
後ろから剣呑な声が聞こえてきた。間違いなくケイニーだろう。ちょうどいい、酔っぱらっていたのでいまいち記憶があやふやなので確かめておこうかとマリトはケイニーに尋ねた。
「あの、さ」
「何だよ」
「僕、一人で寝てた?」
「は?」
「いや、酔っぱらって帰ってきたから昨夜の事がうろ覚えで」
「ふ~ん。確かによく寝てたよな」
「ケイニー」
ケイニーに振り返ったマリトは、先ほどまでの恥入った顔ではなく、いつもの表情を浮かべていた。
「何を怒ってる?」
「何の事だよ」
「僕が泊った事?」
「別に」
「じゃあゼンガさんに迷惑をかけた事?」
「そんなんオレの知った事じゃねぇ」
「それじゃあ別に僕にそんな態度をとることないよね」
「べっつに、いつも通り変わらねえよ」
「ふ~ん、君はそう思ってるのか」
火に油を注ぐつもりでマリトは言っているのだが、気付かないケイニーは簡単にカチンと頭に血が上った。
「何だよ、さっきまで親父の横で子供の様に寝てたくせに!!」
やっぱりそうだったのかとマリトは思ったが、顔には出さない。かわりにケイニーに対し冷笑を浮かべてみせる。
「ああ、君が怒ってたのはその事か。普段あれだけ父親に対して失礼な態度をとっているのに、本当は大好きなんだね」
「はぁあ!? んな事言ったら、お前だって親父の事好きだろうが!!」
「好きだよ」
「え」
あっさりと肯定したマリトにケイニーは二の句が継げなかった。
(2012.11.18)