珍しい。
いつも自分の限界を超えて飲むことはないマリトが、ゼンガの支えなしでは歩けないほど酔っている。
「どうしたんだ? 今日は。いつもそこまで飲まないだろう」
「すみません。ごめんなさい」
「いや、謝らなくてもいいけど」
どちらかといえば謝るのは自分の方ではないかとゼンガは思う。もっと酒量に気をつけてやるべきだった。
だが、今夜のマリトはよく話したのだ。地球にいた頃の話を。
母の話。
友達の話。
学校の話。
相槌を打ちながら楽しそうに話しているマリトを見ていると、途中で止めることなど出来なかった。
「迷惑、かけるつもりじゃなかったんです」
「分かってるよ」
「ちょっと、地球にいた頃の事を話したかったんです」
「そうだな」
「僕、母さん一人に育てられたから、あまり年上の男の人と飲んで話す事がなかったんです」
「そうか」
「だから、どうやって話を止めたらいいかわからなくて」
「うん」
「ゼンガさん、ずっと話を聞いてくれるから」
「ああ・・・・・・って、おい!」
話しながらだんだんと俯いていくマリトの顔を覗き込んだら、かすかに涙が見えた。
泣くような話だっただろうか?
いや、地球にいた頃を懐かしんだのかもしれない。
ここで親しい人物と言えばゼンガかケイニー、もしくはアシュカだが、ケイニーに地球の話をしても分からない事も多いだろうし、アシュカは女性だから話しにくいのかもしれない。
だからこの檻に来てから地球の話をゆっくりする機会があまりなかったのだろうとゼンガは思った。
「マリト。俺たちはお前に無理をさせてないか?」
「え?」
「いきなりこんな所へ連れてこられて、すぐさまここを抜け出したいから手を貸せ。なんて」
「そんな事はないです。断る理由がない、というのが理由ですけど、地球へ行きたいというなら気持ちはわかるから手伝ってあげたいとも思いましたし」
「でもお前は手伝うだけで、脱出する気はないんだろう」
「協力はしますけど、自分の身を危険にさらす気は・・・・・・・・・・・・こんな言い方は何ですけど、僕はまだ若いですし、そのうちこの制度が改善される可能性もないとはいえませんから」
「ああ、そうだな」
「実際、地球ではこのタウンという名の刑務所に反対する団体もあるんですよ」
「そうなのか!?」
「はい」
「それは・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・ただゼンガさんや、ザムスさんの時には」
「間に合わないかもしれないだろうな。ザムスには、言わない方がいいか」
「そう、ですね」
今更自分たちが生きている間に変わらない可能性が高い話などしたところでザムスの気は変わらない。
「あの」
「ん?」
「前に、ザムスさんに協力するのは、何となくって言ってましたよね。本当にそれだけなんですか?」
「どういう事だ?」
「その、ザムスさんのように誰かに会いたいとか」
「・・・・・・・・・・・・」
「あ、すみません。アシュカさんやケイニーがいますよね」
実はゼンガの中で思い浮かぶ人がいた。すでに諦めているが、ザムスのように自分にも恋人がいたのだ。
だが今となってはアシュカの存在の方が大きい。ならばそれは理由にならないのではないかとゼンガ思っていた。
「そうだな、俺にも恋人がいたが、今更会ったところで仕方ないと思ってる」
「じゃあ、どうしてアシュカさんとケイニーを置いて行こうとするんです?」
「どうして、だろうな。一つはザムスを放っておけない、というのもあるんだが」
ザムスは考え込む。このまま話を流してしまいたく思うが、どうやらマリトはゼンガの答えを待っているらしい。
「その恋人が言っていた」
「何を?」
「・・・・・・・・・・・・こんなおじさんの昔の恋話を聞いて楽しいか?」
「ここまで聞いたら気になります」
「う・・・・・・・・・・・・。きれいね、と言っていたんだ」
「きれい?」
「朝日を見て、夕陽を見て、彼女は地球ってきれいねと言っていたんだ」
もうゼンガには何十年も見ていない光景だが、それでも忘れはしない。
「その頃にはすでに一斉狩りは始まっていたからな。こんなきれいな所を離れるのは嫌だなって話をしてたんだ」
「だから地球に帰りたい?」
「俺はどうせこのままここで一生を終えるだろう。それなら最後にもう一度彼女が言ったその光景を見たいなと、そう思ったんだ」
実はゼンガはその思いを抱いてザムスに協力してきたのではない。全く自覚していない思いだった。マリトに詰め寄られて理由を考えるうち、迷うことなく出てきた答えがこれだった。
ああそうか、俺の理由はこれなんだと。ゼンガは妙にすっきりする。
「さも前からの理由のように言ってるけど、この理由、実は今気付いた。ありがとうマリト。そうだな、俺はもう一度見たかったんだ」
ゼンガはまだ足取りのおぼつかないマリトを抱え込んだ。無性に誰かを抱きしめたかったのだ。
「その光景・・・・・・・・・・・・」
「ん?」
マリトは何かを呟いたが、ゼンガは聞き取れなかった。
その光景、二人で見るからきれいだったんじゃないですか?
マリトはこう言ったのだ。
(2012.8.12)