オールドタウンの反乱 5

 面白くない。
 マリトという奴が度々家に飯を食べに来るのが習慣になった事もそうだが、とにかくケイニーはマリトが気に食わない。

 今だって夕飯の支度が間に合わなかったので、ケイニーの部屋で時間を潰してという母の言葉通り、マリトはケイニーの部屋にいる。
 何を思ったか、ゼンガとアシュカはケイニーとマリトが友達になれればと思っているらしい。
 はっきり言ってケイニーにとっては、余計なお世話なのだ。
 特にすることもなく部屋にある本を読んでいるマリトだってそう思っているはずだ。
 最初の頃こそ、それなりにケイニーに話しかけてきたが、おざなりな返事しか返さないケイニーに対し、今では二人きりの時はほとんど口もきかない。
 ただアシュカにケイニーの部屋に行けと言われたからそうしているだけだ。
 気に食わないといえば、ケイニーの両親であるゼンガとアシュカに対しては妙に愛想がいいのもそうだ。二人の前だと、ケイニーと普段交わす見下すような口調が嘘のように軽口をきいてくる。


 することもなく横目でマリトを見ていると目が合ってしまった。瞬間的に目線をそらしたケイニーはチッと舌打ちする。
「君は」
 マリトはケイニーの気に障る軽蔑する視線を送ってきた。
「君は子供だね。いや、子供だったかな。確か十六?」
「違う、もうすぐ十八」
 思わず返事をしてしまった。十六と十七でどれほどの違いが? とマリトの視線が言っている。
「僕が気に食わない? それならそう言ったらどう? それとも、それが子供っぽいとでも思ってる?」
「気に食わない相手に気に食わないって言う方が、子供みたいだろ」
「僕は君を気に食わない、なんて言ってないけどね」
「でもオレの事嫌いだろう」
「最初は好きになろうと努力したよ?」
「へえ、オレと? それはオレっていうより、母さんと父さんの息子って方が価値があるんじゃない?」
「なんだ、分かってたのか」
 対等にやり取り出来ていたことに、内心満足を覚えていたケイニーだったが、とっさに言い返す言葉が見つからなかった。今までの会話だっていつもそうなのだ。

「だ、だったら下に行って、母さん達と話してればいいだろ!」
「その母さん達が君の部屋に行けって言ったんだ。二人は僕と君が仲良くなれればと願ってるみたいだしね」
「仲良くするつもりなんてないくせに」
「だから最初はそうしようと思ったって言っているだろう」
「どうだか。最初っから上から目線だったくせに」
「そうだったかな? それなら謝るよ、ごめん」

 所詮十代と二十代は違う。そもそもケイニーは檻という名の牢獄の、限られた世界で育ってきたのだ。一応学校もあるが、子供の数は大人に比べれば極端に少ない。だからこそ子供というだけで甘やかされてきてもいる。
 一方マリトはそれなりに広い世間で育ってきた。受験戦争にも揉まれたし、一斉狩りに合う直前は就職活動をしていたのだ。絶対的に経験値が違う。

「ひょっとして」
「何だよ」
「いや、君がつっかかってくるのは、僕が君の両親によくしてもらってるから? 嫉妬してるからかなと思って」
 どうしてこいつは、こういう嫌味な事を言うのだろうか。ケイニーは怒りで方が震えた。怒るという事は、少なからずマリトの指摘が合ってもいるという事だが。
「お前なぁ!」
 言葉の反論のしようがなくなったケイニーは力に訴えた。力任せにマリトに殴りかかるが、予想していたマリトは拳をよけつつケイニーを抑え込む。
「殴るなとは言わないけど、こんな所で揉めたら下に聞こえるだろう?」
「いっつもいっつもオレの親のことばっかり、いい加減聞き飽きたよ!」
「心配させたくないだろう?」
「知るかそんな事!」
「ねえ、分かってる? そんな風に親に対して言えるのも、すぐそばにいるからだって事」
「・・・・・・」
 ケイニーだってマリトが一斉狩りに合った事は聞いていた。母親と二人暮らしだった事も聞いていた。だけどそこに頭が回らないのだ。分かってはいたけど、感情的に言葉が出てしまう子供なのだ。
「それと、僕が育った所ってそれほど治安が良くないんだ。別に喧嘩が強いわけじゃないけど、殴られっぱなしって事もないから、次からはその覚悟をしておいてね」
 確かにケイニーを押さえつける力はそれなりに強い。言葉で勝てない、力で勝てない、ケイニーは誰に聞こえるなど関係なく叫びたくなったが、部屋のドアが開く音で喚くタイミングを逃してしまった。

「あら、あなた達。何してるの?」
「え・・・・・・」
 突然開いたドアから入ってきたアシュカに、まずいところを見られたとマリトが絶句する。
 それにケイニーはすっと怒りが収まるのが分かった。
「喧嘩だよ、喧嘩」
 何とかごまかそうとするマリトより早く、衝撃の弱かったケイニーが口を開く。
「まあ、そうだったの。だからさっきからご飯って呼んでるのに降りてこなかったのね。もう終わった? 終わったなら食べに来なさい」
 ところがアシュカはあっさり流し、二人に早く来るように声をかけ、さっさと部屋を出て行ってしまった。
 何か小言でも降ってくるかと思っていたケイニーは拍子抜けする。
「喧嘩」
「え?」
「喧嘩するほど仲がいい、っていう言葉があるよね」
 マリトが呟いた言葉に、そうかもしれないとケイニーはがっくりと肩を落とした。

(2012.4.23)