オールドタウンの反乱 4

 家に呼んだのだから、当然ゼンガはマリトと肩を並べて歩くことになるのだが、知り合ったばかりで共通の話題もなく、どうしたものかと年上のゼンガは悩んでしまう。
 話題探しに頭をめぐらせ始めたゼンガに、マリトの方から声がかかった。
「結婚、されてるんですね」
「ん?」
「あ、いえ。」
「結婚してるようには見えないか?」
「そういうわけでは」
「ああ、ここで結婚できるのかって事かな? まあ基本は地球にいた頃と変わらないな。何しろ建前が更生のための移民だから」
「はあ」
 どうやら青年の聞きたい事とは違ったらしいが、ゼンガにはそれ以外に聞かれた理由が分からない。マリトの方もそれ以上は聞いてこなかった。

「意外と、普通なんですね」
「普通、か。規則正しく暮らせばそうなんだろうな」
 ゼンガはちょっとしたもめごとを起こしたがために、二度と顔を見せなくなった者を知っている。最近はそれほどでもないが、度を超せば同じだろう。
 会話が出来たのはいいが、これ以上この話も発展しない。さてどうしようかと、ゼンガは結局家まで悩むことになる。



 電話がかかってきたかと思えば、台所から料理を作る音が聞こえて来る。自分と母の食事は終わったはずだ。
「母さん、何してんの?」
「さっきお父さんから電話があってね。急にご飯がいるんだって」
「何だよそれ。いらないって言ってたんだろ」
「そうなんだけどね。なんだかお客さんを呼びたいんだって」
「はぁ? こんな時間に」
 どうして夕飯はいらないと言った父親の勝手な願いをきかないといけないのか。そんなの関係ないじゃん、と言いかけたが、言ったところで目の前の調理されている食材が元に戻るわけでもないのでやめた。
「誰? 誰が来るの? ザムスさん?」
「違うみたいよ。確かケイニーと近い年の子って」
「オレと?」
「ケイニーも会ってみる? コーヒーでも入れようか?」
「うん」
 若干、本当に若干だけど、ケイニーは興味が湧いた。


 父親のゼンガが帰ってきたのはそれから間もなくだった。
「ただいま、アシュカ。急に悪かったな」
「お帰りなさい。もう出来るから座って待ってて。えっと・・・・・・」
「マリトです。すみません。夜分にお邪魔した上に、厚かましいお願いまでして」
 マリトは礼儀正しく頭を下げた。
「いいえ、どうせうちの主人が言いだしたんでしょ」
 これにはマリトも返答のしようがなく、苦笑いでごまかす。どうしようかなと視線をテーブルへとやれば、自分より少し年下の少年がいた。
「こんばんは、はじめまして。マリトといいます」
「こんばんは、ケイニーです」
 挨拶されたので仕方なく返事を返したが、ケイニーは最初の第一声からマリトとは合わないと直感した。丁寧な言葉遣いと几帳面な仕草、それだけでも気に障るのに、来るのを少しだけでも楽しみにしていたことにムカつく。
 だけど今更席を立つのもさすがにどうかと思うので、仕方なくコーヒーを飲み続ける。

 マリトはやせ気味の外見にしてはよく食べた。さきほどの申し訳なさが嘘のように、その手が進んだ。
「マリト君。もっとゆっくり食べていいのよ」
「え? あ、はい。すみません。つい。おいしくて・・・・・・懐かしくて」
「懐かしい?」
「マリトは、その、一斉狩りにあったんだ。それまでは母親と暮らしてたらしい」
「まあ」
 元々丁寧な言葉遣いに好印象を抱いていたアシュカは、これで一気にマリトに対して警戒心を解いた。
 アシュカ自身も冤罪でこの檻に入れられたのだ。急に家族と引き離されたマリトの気持ちもよくわかるし、自分の子供であるケイニーが二度と会えない場所に連れて行かれ、自分の手料理を懐かしむようになったらと思うと、同じ母親としてたまらない。
「マリト君。もしよかったら、またいらっしゃいね。今度はもっとちゃんとしたご飯を作るから」
「そんな、僕にしたら十分すぎる料理です。でも、ありがとうございます」
 少し冷血そうに見えるマリトの顔だが、食べ終わる頃にはうっすらと涙を浮かべていた。
 連れてきてよかったと、ゼンガは思った。

(2012.4.12)