オールドタウンの反乱 10

 アシュカは泣きわめいた。
 ケイニーは混乱した。


 夫が、父が、何を言っているのかわからなかった。
 決して恵まれた暮らしではないけれど、アシュカにとってはこの犯罪者の檻の中ではかなり幸せな家庭を築けていたと思っていた。
 自分も夫も犯罪者でもない、私たちは不幸だけれどその中では比較的満足できる人生を歩めていた。そう思っていたのだ。
 それなのに今さら夫が自ら脱獄という犯罪にに手を染めるなんて。
「どうして! 今の現状に不満がないとはいえないけど、それでも今のままでも十分じゃない。何がいけないのよ」
「ごめん」
「そんな言葉が聞きたいのじゃない! 理由を言って」
「すまない」
「そうじゃないのよ」
 両手で顔を覆う母親を前に、ケイニーは口をはさめずにいた。
「ザムスさんが地球に帰りたいなら帰ればいい。でもあなたまでそれに付き合う必要はないでしょ?」
「もう、決めていたんだ。ずっと前から」
「そんな重要な事、どうして教えてくれないの。私が信用できないの?」
「そうじゃない。巻き込みたくなかったんだ」
「私はあなたの妻なのに」
 母はこんな性格だっただろうか? こんなに弱い母親を見たことがない。ケイニーは居心地が悪くて仕方なかった。父親の前にも居たくないけど、母親の前にも居たくない。
「ケイニー?」
 バンと席を立ったケイニーに両親が声をかける。
「ケイニー、父さんは・・・・・・」
「知らない。好きにすればいいだろ、オレには関係ない!」
「ケイニー!!」
 家を飛び出そうとしたケイニーを二人が追いかけてくる。「誰にも言ったりはしないからついてくんな!」と叫ぶ息子に、この檻の中では行く場所など限られているので、いつもの癖で追いかけるのをやめてしまった。
 今回はいつもの時と違うと二人が気づいた時には、すでに追いかける機会を逸していた。



 とっさに飛び出したものの、ケイニーに行くあてなどあるはずがなかった。
 友達の家という手もあるが、今の状況を説明できるはずがない。
 この檻の中では行動できる範囲は広いが、決して無限ではないのだ。ケイニーは初めて宇宙に浮かぶ居住区の窮屈さを身に感じた。

 どこか公園ででも時間をつぶそうか? 監視は回ってくるけど、少しでも時間がつぶせればよかった。
 その時にふと、マリトの家のことを思い出した。単身者用のアパートに住んでいるはずだ。行くはずもないのに住所を教えられていた。
 まったくマリトを頼るという気持ちはわかなかったが、マリトが好きだといった父親の企みをぶつけたらあいつはどんな顔をするだろう?
 そんなことを考えたら急にマリトの家に行きたくなった。行ってお前が好きだといった父親はこんなバカな事をしようとしてるんだぜ! と笑ってやろうと思ったのだ。



 突然訪ねてきたケイニーをマリトは驚きもせず部屋へ招き入れた。その違和感をケイニーは感じ取ることができなかった。
「急にどうした? と、聞いた方がいいのかな」
 相変わらずマリトは嫌味な言い方をする。しかし今日は自分の一言でその表情を一変させてやるとケイニーは思った。
「ちょっとびっくりする事があったから。マリトにも教えてやろうかなと思って」
「・・・・・・馬鹿じゃない?」
「は?」
「ザムスさん達の脱獄の事だろう? やっとゼンガさんから聞いたのか」
「ど、どうしてお前が知ってるんだ!」
「僕も一枚噛んでるからさ。大体不用心だよ、自分の父親が脱獄計画に参加しようというのに、わざわざ他人に知らせるなんて。君は自分の父親の首を絞めたいの?」
「知っていた。マリトは知っていた」
 呆然とするケイニーにさすがにマリトも同情の顔を見せる。しかしそんな同情はいまさらケイニーには何の価値もない。
「知っていたというより、ゼンガさんと知り合ったきっかけがそれだったんだ」
「じゃあずっと前からそんな計画が・・・・・・」
「計画自体はもっと前からあったらしいけどね」
「オレも母さんも何も知らなかった。お前は知ってたのに」
「だから、僕もその計画の一員なんだって。君たちに知らせなかったのは純粋に巻き込みたくなかったからだろ。信頼してないとかそんなのじゃなく」
「でもこんな重要なこと、何も話さないなんて」
「じゃあ言うけど、君に地球が理解できる? 帰りたいという気持ちが理解できる? 巻き込みたくない上に理解できないだろうと思ったらそりゃあ話さないだろ」
「そんなの分かるわけないだろ! 地球なんて知らない。オレはここしか知らないんだから!!」
「ちょっと静かに!!」
 声が大きくなってきたケイニーをさすがにマリトが制した。ケイニーも不味いと思ったか口を閉じたのだが、話すことで発散できていた感情が口をつぐんだことで別の感情になって表れてきた。
「ケイニー?」
「知らない。オレは地球なんて知らないし、行きたいなんて思わない。おふくろやおやじを置いてまで、行きたいなんて思わない。分かるかそんなの」
 ぼそぼそと声を落としながらケイニーは泣いていた。
 明日は父親が犯罪者なのだ。
 混乱して当然だろう。
 年齢の割には中身が伴わない少年に、年相応の青年は穏やかな表情を浮かべた。
 いつもの嘲笑するような顔でなく、同情でもなく、弟にでも接するようにいたわりの表情を向けたのだ。

(2013.3.17)