新人は訓練期間を含め二年間は基地内の六人部屋での寝食を強制され、軍が選んだ一人をリーダーとし部屋単位で行動する事が多い。
ミズヤはベルクと同室だった。
偶然にも思えるが、入隊式で近くにいたのだ、その可能性を考えない方がおかしい。
幸いというべきか、二人ともリーダーになることはなく、部屋割の表を見るとガル・デルシモという人物がリーダーに選ばれていた。
「六人部屋か。ま、軍隊だししゃあねぇわな」
自分で選んだとはいえ、ベルクはさすがに男ばかりの六人部屋にため息を漏らす。
口には出さないがミズヤも同意見である。
だからといって、女性と同室でもそれはそれで苦労が多そうだが。
ちなみに二年が過ぎれば基地内の六人部屋を出て、軍所有の宿舎や近くに住居を見つけた者は自宅から通うことも出来る。
そして部屋割表と共に制服や生活用品の支給品を腕いっぱいに渡された。
私物の持ち込みは厳しく制限されているのだ。
「でもやっと武器に触れるんだ、それくらいは我慢我慢。
ってミズヤは興味ないんだっけ? さっき理由を聞きかけてたよな、軍に入ったのは親父さんがいるからとか?」
ミズヤはきっぱりと「違う」と言い切った。
「その・・・・・・笑うなよ、実は小さい頃に別れた母を探しに来たんだ」
「って離婚?」
ベルクはミズヤの父の姿を思い出してみる。
どちらかと言うと家庭的な雰囲気だったが、人は見かけによらないものか?
「それが分からないんだ。
昔は一緒に住んでたのに、いつの間にかいなくなってて。
ほんの数年前まで死んだと思っていたけど、ある時父が母と電話で話しているのを聞いたんだ」
「ふーん」
「問い詰めても何も教えてくれなかった。
ただ同じ軍にいるってことは突き止めたから、大喧嘩して家を飛び出したあと入隊可能な歳を待ってたんだ」
マザコンか。
ベルクはミズヤの分析に一つの単語を付け加えた。
実際間違ってはいない。
ミズヤの思い出の中で母は若く美しく、少しウェーブのかかった長い黒髪で、優しい笑顔で自分を抱きしめてくれた世界一の母親とインプットされている。
幼稚園に通う頃には既に母はいなかったので、母親恋しさに幻想を抱いても仕方がないのだが。
まあミズヤの顔を見れば、バークの血を引いているからもあるだろうが、美人なのには間違いないだろうとベルクは納得する。
あわよくばその顔を拝んでみたいと不埒な打算もあるのだが。
「・・・・・・っとに!」
「ん?」
どちらかと言うと控え目に話すミズヤの口調が一変した。
聞いてもらえる知り合いができたからか、どちらかと言うとお喋りなベルクですら唖然とするマシンガントークを展開する。
「十年だぞ! 十年も母さんの事黙ってるなんて!!
何を聞いてものらりくらりと、あの優しい母さんをどうして追い出したんだ」
「・・・・・・そうだなそうだな」
ベルクは多少うんざりしながらも返事をする。
何しろ話を振ったのはこっちだし、誰も知り合いのいないところで、出来たばかりの友達を失いたくはない。
ミズヤは友達を失いかけているとは知らず、マザコンっぷりを爆発させる。
「本当に母さんはきれいで、俺の決して多くない記憶でも・・・・・・」
云々・・・・・・
これからこいつに母親の話は振るべからず。
ベルクは心に誓った。
しかし神はベルクに微笑む。
廊下の向こう側から、同期の女性達の声が聞こえてきたのだ。
さすがにミズヤも女の前でマザコンっぷりを披露するのは嫌なのか、口をつぐむ。
「やっぱりマッチョな男が多いよねー」
「仕方ないでしょ、試験が試験だったんだし。
それに私、たくましい男は好きだな」
「えー、ひ弱なのは論外だけど、あたしは引き締まってる男の方がいいな」
と言った女性は、男に勝るとも劣らない体格の持ち主だった。
「でもあのセン大尉、格好よかったなぁ」
「あ~あたしも!」
「そう? あの口の悪さがちょっと嫌かも」
「そのギャップがいいんじゃない!」
あまり女子高生の会話と変わらない。
入隊資格を得られるのは十八以上なのと、武器へと憧れる若さが重なり、入隊する者は男も女も十代が多い。
ちなみに上限は二十九だ。
「やっぱ女もでかいヤツがいるなー」
「そうだな」
こちらも男子学生のノリで言う。
三人の女性のうち、二人はミズヤと変わらない体格なのだが、最後の一人は平均よりやや体格の良いミズヤ、更に上をいくベルクより頭一つ大きい。
「なあミズヤ、お前はああいうでかい女はどうだ?」
「んー、さすがにあそこまででかいとな。
顔は美人だけど」
「え? あ、本当だ。
惜しいなぁ、せめて俺より小さかったら」
「だよな、自分よりでかいのはちょっと・・・・・・」
聞こえてないからと言いたい放題である。
「しっかし、セン大尉か。
美人って言やあ美人だが、男だろ。
あの細身であの強さは反則だよな、いくら新人相手って言っても、大の男数人が一瞬とは」
「ああ、確かに強いな。
軍には大尉のようなやつがごろごろしてるんだうか?」
その時二人に近づいてくる人影があった。
「あー、ミズヤ」
父のバークであったが、二人は先程のセンで身に染みたのか姿勢正しく敬礼する。
「いい、いい。
手を下ろしてくれ、ミズヤちょっと・・・・・・」
と物陰に連れていかれる。
「何でしょうか? メシュナー中佐」
全く尊敬のこめらない声で言う。
「ミズヤ・・・・・・
お前が飛び出して行った時からもしや、とは思っていたが、やはり来たか」
バークは何の愛情もこもってない目で見られて、ちょっと拗ねながらミズヤを見下ろす・・・・・・いい年をして。
「あんたが会わせてくれないからだろ?」
「う・・・・・・それは母さんの事を黙ってたのは悪かったが色々理由があって」
「理由? あの優しい母さんを追い出すどんな理由があるんだ!?」
「だから、色々とだな」
「そう言ってあの時も何も教えてくれなかった!
とにかく俺は母さんを探す、邪魔するなよ」
「探す? そうか、お前・・・・・・」
父が呆れたように首を振る。
「何だよ?」
「いや、なんでもない。
ミズヤ、どんな事があっても現実を見るように」
「?」
意味深な発言だったが、ふと頭に温かいものを感じ、思考を中断された。
「ミズヤ、大きくなったな。
試験を通るのは大変だっただろう。
何の助けも出来ずにすまんな」
子供みたいに頭を撫でられても振り払う事が出来なかった。
「せっかくだから一つだけ忠告しておこう。
今日の夕飯は早く食べなさい、あの友達にもね」
「え? うん」
そう言って、ミズヤを励ますだけで去っていった。
口論になるかと思っていたのに、そのあっけなさにミズヤの中に淋しさが走る。
数年振りの再会なのだ、喧嘩して出て来たとはいえ、決して嫌いな父ではなかった。
「話、終わったのか?」
「え? ああ、何か肩透かしを食らった感じだけどな」
「なんだそれ、喧嘩したかったのか?」
「いや、違うけど・・・・・・そうなのかな?」
親子関係修復かと、またまたベルクはミズヤに感想をつける。
「あ、そうだ。
夕飯、早く食べろと言ってたな」
「夕飯? そう言えばセン大尉も言ってたな」
二人は早めに夕飯を取ることを確認しあった。
後々これが大きな差を生むのだが。
その部屋は決して大きくなはかった。
三段ベッドが二つ、それでかなりの部分を占めている。
「覚悟はしてたけど、マジに狭いな」
「・・・・・・」
すでに同室の者は揃っており、早速支給品を広げていた、と言っても多くはないが。
「お前達が最後だな、俺がリーダーのガル・デルシモだ」
「おう、よろしく」
「よろしく」
他にバックル・ハマイツ、コミュ・ジン、ルージル・アイゾンが同室であった。
皆似たような年だが、ガルが若干年上であり、リーダーと言う役割もすんなり受けいれられた。
それ程アクが強そうな者もおらず、良い部屋に来たとベルクは安堵する。
まあ、ベルクに限らず皆似たりよったりの感想を持ったのだが。
「で、一日の時間割りを貰ってきた」
と、ガルが表を壁に張りつける。
六時 起床
六時半 早朝訓練
七時 朝食
八時 訓練
十二時 昼食
一時 訓練
五時 自主訓練
七時 夕食
八時 自由時間
「そして午前の訓練は、しばらくすると戦略戦術の勉強も入るそうだ」
「寝る時間は?」
「自分で管理しろってさ」
それはそれで難しい。
「で、これは明後日からで明日は休みだ」
「休み?」
「いきなり休みって何だか怖いな」
するどい。
「あ、そうだミズヤ。
夕飯って何時に食べる?」
「夕飯? そう言えば何か言ってたな」
「ああ、さっきミズヤの親父さんにも念を押されたからな」
「親父? そういえばメシュナーって名前、ひょっとしてあのダンディーなメシュナー中佐の・・・・・・」
とてもじゃないが、ミズヤはダンディーには見えない。
歳が違うので当たり前だが。
この部屋に割り振られた者達は、それなりに素直な少年青年だったので、じゃあ食べに行くかと連れ立って食堂に向かうが、途中他の部屋から怒鳴り声が聞こえてくる。
「何でお前がリーダーなんだよ!」
「そう決まっていたんだから仕方ないだろ」
「おい、お前らもこんなひょろっちい兄ちゃんが相応しいと思わないだろ!」
「うわ! 何をする!」
どうやらリーダーを実力で決めたい奴がいるしい。
他の部屋からも聞こえてくる。
「何で部屋がこんなに狭いんだ! おい、お前のスペースおれによこせ」
「みんな一緒だろう」
「うるせー! おれを舐めるなグハッ!」
どうやら返り討ちにあったらしい。
「・・・・・・」
ガルが黙り込む。
「大丈夫大丈夫、俺はリーダーに文句ないから」
ベルクが安心させるように言うが、内心リーダーが面倒くさそうだし、とも考えているのだが、顔には出さない。
他の面々も頷き合う。
他の争い事を耳にしたせいで、ガルのチームに結束が出来たようだ。
食堂にはすでに幾人かのグループが来ていた。
まだまだ空いている席にミズヤ達は腰掛け、若者に相応しく雑談が始まる。
その合間にふと横の女性ばかりの席を見ると、先程支給品を受け取に行った時雑談していたグループだった。
その中の逞しい女性とバッチリ目が合う。
その女性は目が合った瞬間にっこりと笑った。
たしか、「ひ弱なのは論外だけど、あたしは引き締まってる男の方がいいな」と言っていたなと思い出し、自分が当てはまっている事に気付く。
「どうした、ミズヤ?」
苦笑いを浮かべるミズヤにベルクは怪訝な表情を浮かべる。
「な、なんでも」
はっきり言って顔は美人だし、好みの範疇なのだが、いかんせん自分を上回る体格なのだ。
抱き締めたつもりが抱き締められた・・・・・・と言う状況は男として避けたい。
その視線から逃れるため、ミズヤは自分の席の話題に集中し始めた。
他愛ない雑談をして帰る頃、入れ違いに食堂にやってきた同期とすれ違う。
その内の幾人かは顔が腫れ、絆創膏がペタリと貼られていた。
・・・・・・一ラウンドこなしてきたのか。
部屋に着いても雑談は止まらない、訝しく思いながらも明日が休みならば尚更だ。
六人もいるのだから話も弾む、ミズヤも例外ではない。
しかし、饗宴の時は近付いていた。
『新人ども、今すぐグラウンドへ集まれ!』
「な、なんだ?」
それは突然の放送だった。
しかし命令には違いなく、慌てふためきながら外に向かい駆け出し、グラウンドに着いた者から整列を始める。
何故か壇上のセン以外にも上官達が周りを取り囲んでいる。
「遅い! 何をちんたらやっていやがる! いつもならこの周りを五十周させるところだが・・・・・・」
そこで再びあの魅力的な笑みを浮かべる。
「そんな事に体力使わせるのはつまんねーからな」
いったい何が始まるのだろうかと、新人達は内心首を傾げる。
「お前ら、今日は入隊式だけで退屈だろ? 明日は休みだから思いっきり暴れさせてやるぜ!」
どうやら訓練でも始まるらしい。
明日は休みだが、今日は休みではないのだ。
周りの上官達はにやにや笑っている。
「そんじゃ、恒例のやつ始めるぜー!」
『うぉぉぉぉ!!』
センの言葉に周りの上官達が一斉に騒ぎ立てる。
ミズヤ達には何が何だか分からない。
「自分の力を見せまくれ! 手当たり次第の勝ち抜き戦だ!!」
要するに軍に場所を変えただけの殴り合い。
「俺も相手になってやる! 倒せた奴は一階級昇進だ、さあかかってこい!!」
「いいぞ~」
「やれやれ!」
更に周りがはやしたてる。
グラウンドは一種異様な興奮が漂い始めた。
周りの熱に影響され、元々血がたぎりやすい若者達はそれに呑みこまれていく。
私名前を考えるのが苦手なので、部屋の人数も三人くらいにしたいのですが、その人数なら詰め込まれた感がないからと必死でミズヤとベルク以外の名前をひねり出しました。結局最後まで下の名前を覚えられませんでしたね。
(2009.10.21)