激闘ウォーズ 入隊

 ナイフによる殺傷事件。
 銃による射殺事件。
 止まる事を知らない凶悪事件に、世界はある一つの法律を打ち出した。
「危険物所持禁止令」
 略して危禁令。
 その法律は銃やナイフだけでなく、大きいものはミサイルや戦車、身近な物では包丁やカッターナイフまで規制された。
 核など問題外である。
 包丁などの危険物は国から支給され、センサーの付いた台所で使用しなければならない。
 もし包丁を台所から持ち出そうとすれば、すぐさまセンサーが反応し、逮捕される。
 このように徹底的に世界が取り締まった結果、凶器による事件はほぼ皆無となった。
 もちろん情報統制もされ、武器が出てくる番組はドラマからアニメに至るまで規制がかけられている。
 警察もその規制から逃れる事は出来ず、射撃練習の替わりに格闘訓練が行われており、おかけで警察官の肥満率は以前に比べ格段に落ちていた。

 ここで、誰もが予想しなかった問題が起きた。
 若者の欲求不満である。
 銃やナイフを知らない世代。
 それらに触れた事がないからこそ、平穏な若者が溢れるかと思いきや、「武器」と言う言葉は口伝いに広がっていた。
 何も武器がないというのは、それに憧れを抱かせ、ないからこそ、触ってみたいと言う欲求を起こさせていたのだ。
 そんな若者達の若さ溢れる情熱は軍隊へと向けられた。
 そう、世界には戦争があり、軍があったのだ。
 これだけ銃機器を規制すれば戦争もなくなっただろうと思われるが、国同士の争いと言うのは不滅の物であり、むしろ戦争は減るどころか多発していた。
 軍隊に行けば未知の武器に触れる!
 それだけの理由で、今や軍への入隊は狭き門であった。
 不況時の公務員の倍率を遥かに上回る倍率である。
 軍への入隊と言う見方によれば命を粗末にする行為、だが軍での死亡率は年に数人であり、それが軍隊人気に拍車を掛け、世界で戦争が多発している原因の一つでもある。
 そして今年も新人の入隊式が行われていた。


 上官が現われるのを待つ、何十倍と言う倍率を勝ち抜いて来た猛者達。
 試験が体力測定に始まり、格闘訓練と定められているため、ひ弱い者など誰もいない。
 マッチョな者もいるが、比較的細身の者もいる。
 が、彼らを侮ってはいけない。
 ここにいると言うことは、マッチョ達と同じ試験をパスしているのだ。
 誰もがまだ見ぬ「武器」に心踊らせていたが、その中に一人、何か決意を固めた目をした者がいた。
 その目に興味を引かれた近くの若者が彼に声をかける。
「よう、どうしたんた、何か一人緊張してるけど?」
 声をかけられたせいで緊張が解けたのか、若者はふっと気を抜いた。
「そう・・・・・・見えるか? まだこれからなのにな」
 相手がすぐに返事を返してきた事で、どちらかというとおしゃべりなその新人は、これは上官が現れるまでの話相手が出来たと内心喜びながら自己紹介を始めた。
「俺はベルク・ジーマ、よろしくな」
「ああ、俺はミズヤ・メシュナー。よろしく」
「ミズヤ? 変わった名前だな、でも良い響きだ」
 その誉め言葉に、ミズヤはパッと顔を喜ばせる。
「昔、東洋に住んでいて・・・・・・母が付けてくれたんだ」
「へ~、俺は生まれも育ちもこのマンダルクだ。東洋かぁ、黒髪に黒目だっけ?」
 そう言ってミズヤの瞳を覗き込むが、髪は黒だが目の色は青で純粋な東洋人ではない。
 というか、今時は純粋な生まれの人間などお目にかかれないくらいに混血が進んでいる。
 国も大昔とは全く違う国へと統廃合されていた。
「しかし楽しみだなぁ、話に聞くだけだった武器ってやつを早く触ってみてぇ~」
「ああ、そうだな」
 ミズヤの返事はそっけないものだった。
「ミズヤはあんまり興味ないみたいだな。まさかお国のためってわけじゃないだろ。さっきの悩み顔と関係あるのか?」
 唐突に突っ込んだ話をされミズヤは戸惑ったが、そのお節介を突き放す程ひねくれた性格をしていなかったので理由を話そうとしたのだが、その時丁度現れた士官によって中断された。
 新人達は思い思いに雑談していたので、最初はその士官に気付かなかった。
 気付いたのはその命令に慣れた大声が響いたからだ。


「いつまでしゃべっとる、このバカ者共!!」
 声だけを聞けば美しい声なのだが、いかんせん内容とのギャップがありすぎた。
 その声に驚いた一同は慌てて姿勢を正し、上官に視線を向ける。
 少しウェーブのかかった長い黒髪に全く目が見えないサングラス、それでもその人物が美形だと言うことは窺い知れた。
 前にいた者はその胸に大尉の階級章があるのが見え、士官学校出なら三十代半ばかとその人物に緊張感のない感想を持つ。
 それを士官は見逃しはしなかった。
「貴様ら、軍に入ったと言う自覚がないのか!!
 今日からはこのセンが貴様達の生温い根性を叩き直してやる、分かったか!!」
「は、はい」
 あまりに見た目の秀麗さと差があり、一同はあっけに取られまばらに返事をする。
 が、これもセンの怒りを助長するだけだった。
「何度言わせる気だ、お前達は軍人になったんだ、返事も出来できんならケツを巻いて今すぐ帰れ!!」
「イ、イエスサー!!」
 今度は一斉に声が揃った。
 その中で、幾人かの女性がお願いだからその顔でそのセリフはやめて! と心の中で悲鳴を上げる。
 センは新人を見渡し、その中で体格の良さそうな者を数人前に呼んだ。
「よし、一斉にかかってこい」
「は?」
「軍では強さと言うのも重要だ。お前等だって実力がない者に従うのは嫌だろう?」
 そう言ってセンは挑発的に彼らを嘲笑う。
 軍に入りたいと言う血気盛んな若者だけあって、すぐさま頭に血が上った若者達は上官の命令と言う免罪符があるのだからと遠慮なく飛び掛かる事にした。
「イエスサー、では!!」
 と一人が飛び掛かったが、それはもう見事にかわされ、容赦ない一撃を腹にもらいそのまま沈んだ。
 さすがに他の者達は冷や汗が流れ、足が止まる。
「ほらどうした? 一斉に来い。
 来いと言ってんだ、上官の命令が聞こえないのか!!」
 まさにセンが美しいだけに恐怖だった。
「う、うぉぉぉぉ!」
 前に呼ばれた者達は悲壮な覚悟で突進し、最初の若者と同じくあっと言う間に沈んでいった。
 センの強さは圧倒的だった。


 ここにいると言うことは、皆腕には自信のある者ばかり。
 それでもセンに逆らってはいけない、どうあってもセンに勝つ事など出来ないと言うのが今の瞬間に悟ることが出来た。
 気を失ってる者達も同じだろう。
 胃への一撃、食事前でよかった。
 ミズヤとベルクも他に漏れず、センに逆らってはいけないと心身に叩き込んだ。
 一気に身を引き締めた一同に、センは満足気な視線を向ける。
「オレに、ついてこいよ」
「イエスサー!!」
 その微笑みは強さに裏付けられ、腕っぷしに自信はあってもまだまだ未熟な若者達に強烈なカリスマ性を与えた。
 セン自身が自覚を持ってやっていることではないので尚更だ。

 センの魅力にハマった一同の片隅で苦虫を噛み締めたような中年の男性がセンに近づいて来ていた。
 よくよく見れば女性にもてそうなロマンスグレーな男だったが、真っ先に気付いたのは女性でなくミズヤだった。
 そして次に気付いたのはセン。
「バークさん!」
 バーク・・・・・・さん?
 ハートマークを付けそうな声色に一同は耳を疑った。
「セン大尉!・・・・・・またやったのか」
 何故か慌てながらセンの周りに倒れている若者に目を向ける。
「イエスサー、新人には初めが肝心だと心得ております、メシュナー中佐!」
 センが今度はきちんと姿勢を正す。
「メシュナー?」
 さっき聞いたばかりの名前に、ベルクはこそっとミズヤを見るが、直立不動で立っている中ではわずかな動きも目立った。
 敏感に反応した二人の上官、センは再び怒鳴ろうと口を開きかけるが、息子に気付いたバークは硬直する。
 かすかに動いた口は「何故ここに」と言っている。
「そこの二人!」
「セン!!」
 怒鳴りつけようとしたセンをバークが無理矢理角に引っ張っていく。
 美しく怖い顔が一変、何とも言えない表情でバークを見つめついていく。
 ・・・・・・一番表現に近いのは恋する乙女? だろうか。
「えーと・・・・・・おやじさん?」
「あ、ああ」
 別に隠す事もないので肯定する。
「セン大尉と・・・・・・仲が良いんだな」
 と言ってから失敗したとベルクは悟った。
 よく見たらバークの血を引いて整った顔をしてるのだが、その顔が苦笑いでひきつっていた。
「さあ、ははは。二年前に家を飛び出してからほとんど連絡を取ってないし。
 い、色々あったの・・・・・・かも、な」
「へ~」
 上手いフォローが見つからなかったベルクは黙り込むが、上官からしばし解放された一同は懲りずに雑談を始めた。


「どうしたのバークさん」
 二人きりになったことで、再びセンは口調を変える。
 他に誰もいない時はかまわないのか、バークも訂正を求めない。
「いや、新人達がなかなか来ないと言うので見てきてほしいと頼まれたんだ」
「ただ会いに来てくれたわけじゃないんだ」
「セン、ここではそれをやめろと言ってるだろう」
 さすがに腕に手を回されバークは焦る。
「それより・・・・・・あー、新人の名前は覚えているか?」
「名前? まだよ」
「そうか、よかった」
「?」
「いや、なんでもない。それより部屋割りや支給物もある、早く切り上げてくれないと仕事が終わらない」
 と言っているが、バークが直接の担当ではなく、センが相手だから行ってほしいと頼み落とされたのだ。
 軍にはセンを苦手とするものが多い。
「わたしだって忘れてないわよ。今すぐ向かわせるから・・・・・・バークさん、この後は」
「あー、私は仕事があるから」
「もう、いつも同じ事を!」
 と言う言葉を背中に受け、バークはそそくさと去っていく。
 無下に誘いを断られても、バークに会えた事で満足したのか、一同の前に現れたセンは騒ついている新人に怒鳴る事なくバークの言ったことを実行し始めた。
「それと夕食は早めに取れよ!!」
「イエスサー!」
こうして新人達の軍人初日は始まった。

昔とあるギャグ漫画を読んで、軍隊物でギャグを描きたいな~と思ったところから出来た作品です。
(2009.9.16)