だが安らぎの死は訪れてはくれなかった。
気が付いた時に、これが現実ではなく死んだのだと自覚できればどれほど良かったか。
鉛のような瞼の重みに、まだ生きているのだと確信する。
だがその重い目覚めが、普段とは違う温かを教えてくれた。肩や背にリアルな温かさを感じる。
あぁ、声が聞こえる。
何かを問いかけられているのだと気付くと同時、口元に何かが押し当てられた。
水?
誰かが水を飲ませてくれているのだ。しばらく何も口にしていなかった少年の喉は上手く水を飲み込めず、注がれるたび口の端から水がこぼれていく。
しかし何とか飲み込んだ水は、少年の意識を少しずつ現実へと引き寄せた。
誰かに抱き寄せられている。助けられたのだ。
それを認識した途端に一気に喉の渇きが追し寄せてきて、むせるのも構わず水をむさぼり飲んだ。
死んでもいいと思ったのに、水を求める喉は止まらない。泣きながら飲んだ、惨めで惨めで情けなかった。
久しぶりの人の体は温かかった。自分を抱き起こしている大きな手。少し硬い体。自分の胸に引き寄せてくれるその優しさに、少年は衰弱も手伝い、やがて眠りへと落ちて行く。
心地よい揺れにふと目が覚めると、自分が背負われていいるのが分かった。
ゆらゆらゆらと、とても気持ち良い。決して小さくはない自分を背負うその背中に、少年はふと父の姿を重ねてしまう。
もう会えない父親。背負ってもらうなんて何年もなかったけれど、いつかその背を追いこしてやろうと何度も見た背中だ。
二度と会えない。大きくなると言う息子を笑う母親ももういない。
目が覚めてから延々と泣き続ける少年を非難する者は誰もいなかった。
男は黙ってずり落ちないように少年を背負い直す。掛け声すらいらないその力強さは、少年に大きな安心感を与えてくれる。
やがて地面を踏みしめる音だけが少年の耳に届き始めた。
(2011.2.11)