本当にただちょっと使いに出ただけだった。
近所のおばさんに頼まれて隣の町まで出かけたのだ。そんな事は日常茶飯事だったし、大人とはまだまだ言えない少年には立派な大人に頼られると言うのは、芽吹き始めた自立心を大いに満足させてくれるものだった。
ただ、今回はそれが片道切符だったとは知らなかっただけなのだ。
使いの先で長居をしていまい、今夜は泊って行きなさいと言う言葉に甘えた。それが少年の運命を変る事になった。普通のごくごく平凡な暮らしは終わりを告げたのだ。
怖かった。とにかく怖かった。
町が燃えている事も怖かったし、知り合いかもしれない黒い塊を見た事も怖かった。
そして、自分が今たった一人なのがとてつもなく怖かった。
どこかで戦争していたのは知っていた。それはずっと遠い場所の事だと思っていたのだ。実際町の人々はまともに逃げ得る事さえ出来ないでいた。
本当に最初は助けなければと思ったのだ。年齢的に大人ではなくても、体はすでに子供から脱却しようとしていた。力になれるはず。
だから行かなければと。
果てしない熱さの町を目指し、だから少年はその中へと入っていったのだ。
だが結果は何も出来なかった。恐怖で足を止めるどころか、炎を避け逃げるようにしか歩みを進められなかった。
目の前の光景が現実だとは思えなかった。
気づけば自分の町へと辿った道も炎に包まれている。この辺り一帯が全て炎の海なのだ。
誰かに助けてほしかった。
もう助けを求める子供じゃないと思いかけていたのに、誰かに頼りたくて気づけば大声で泣いていた。
ちらりとどこかで恥ずかしいとの思いが横切ったが、すぐさまそれは別の感情に飲み込まれる。
逃げたかった。離れたかった。
自分の生まれ育った町を振り返りたくなかった。
歩いて歩いて、その度に少年は今まで得たものが落ちていくような気がした。
少年は少しずつ大人へと成長している事を自覚していたが、恐怖と孤独が少年のそれを粉々に打ち砕いたのだ。
少年には一人で生き抜く力がないわけではなかった。本来のままであれば、だが。
何事もなければ一人暮らしの孤独にも耐えられただろう。しかしそれはどこかに両親がいる。尋ねれば会える友達がいる。その安心感があるからこそだ。
まだ誰かと生き抜くという事は出来たかもしれない。だが一人で生きていく事はもはや少年には出来なかった。
逃げるために歩き出した少年は、ただただ自分の故郷から離れる事にしか目的を見いだせなかった。
恐ろしさと恐怖で、助けられたかもしれない命を見捨てたかもしれない。
今の自分には醜さしか見だせなかった。自分が嫌いで嫌いで、だがどれだけ歩いても自分からは逃げ出せなかった。
しかし後悔はしても、その足が後ろを振り向く事はなかった。
そう、もう遅いのだ。
足を止めると考えたくもない思考が動きだしそうで、昼夜問わず少年は歩き続けた。
何をする気も起きない。
食事など頭になかった。
炎に焼かれた咽喉は渇きを訴えていたのかもしれない。だが少年にはそれがどこか遠い世界のように感じる。
やがて疲労が衰弱へと変わっていった。
もはや足がまともに上がらなくなり、何度も何度も転んだ。服などすでにボロボロである。
それでもまだ少年は歩いていた。
まともな思考などすでに出来ないが、とにかく自分に嫌悪を抱いていた。
自ら命を絶てない自分に吐き気がする。
こんな状態になっても消極的な死しか選べない弱い自分。
誰か・・・・・・
誰か助けて欲しい。
父さん、母さん、ソーゼ、ヒロン、レイミー、おじさん、おばさん。
駄目だ、みんな死んだんだ。
会いたい、一人は嫌だ、寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい。
一人じゃ生きていけない!!
幾日が過ぎていったか、少年はやっと歩みを止めた。
もう歩けなくなっていた。とうとう体の限界が来たのだ。
消極的な死がやっと訪れたのかと、少年は故郷を踏みにじってから初めて安堵のため息を吐いた。
(2011.1.29)