男が古い廃屋を見つけ少年を休めた頃には既に日も暮れ、廃屋の中は壊れた窓からかすかに夜の光が見え始めていた。
どうしようか、と男は悩む。このまま放っておくと、この少年は死んでしまうかもしれない。それならば最初から助けたりするべきではなかったのだ。
つい助けてしまった。
本来面倒見の良い性格の男は、そのまま横を通り過ぎる事が出来なかった。
脱力しきった少年の体を抱え直し、口元に手をやる。
生きている。
何日も食べ物を口にしていなかったのだろう。骨が目立つ顔に、抱えた体も男とはいえ堅すぎる。髪に至っては焦げているのか毛先が四方八方を向いていた。
息子よりかは年上か。
自分の息子が生きていたとしても、痩せて年齢が分かりにくくなっているが、少年はそれよりも年上に見えた。
子供と触れ合うなんて本当に久しぶりだ。ひょっとしたら息子が死んでから一度もないかもしれない。
「あ・・・・・・」
そんな事を考えていたので、少年の発した声に大げさに驚いてしまった。さすがに抱えた体は投げ出さなかったか。
「大丈・・・・・・」
「と・・・・・・う、さん?」
「!」
自分を抱えているのが男だと分かったからか、そうであってほしい願望を少年は口にする。
この少年の父親は生きているのか? 少年の身に何があったのか全く分からない状態で、男は何と答えていいか分からず言葉を返せない。
やがて男が父親でないと気付いた少年は、父親や母親、友達であろう名前を呟きながら泣き始めた。泣く体力もないのか、それは身を削るような泣き方で、男は思わず少年を抱きしめる。
少年の涙を抑えたかった。このまま泣き続けたら死んでしまうのではないかと怖くなった。
その様子で分かった。少年の口から出た人物は皆死んだのだろう。父も母も、少年には誰もいないのだ。
そう、自分と同じ。誰もいないのだ。
それに気付いた男は心底この少年を助けようと思った。今助けられる人物は自分しかいない。
力のない少年の手が、それでも自分を掴みに来る。少年の方も助けを求めている。
決して幼くはない少年なのに、まるで幼児に返ってしまったように震えていた。自分の息子にもそろそろ嫌がられていたのだが、男は少年の頭をそっと撫でてみる。
その大きな手に安心したのか、少年の体から少しずつ強張りが溶けていく。見も知らない男の腕の中だったが、その優しさはゆっくりと少年に沁み込んでいった。
(2011.3.22)