残される者 5

 それから一年後、町で定職を見つけたツガートはロツと結婚し、更に翌年には長男のオウンが生まれた。
 オウンが生まれるまでは、ロツとの関係に流されてしまったか? という思いもあったのだが、やはり子供の存在というのは違う。全ての覚悟がついた。
 大人としてはまだまだ足りず、無意識に人に頼ってしまう性格のロツも、妻としてならばその性格もそれほどの欠点にはならない。
 どちらかと言えば早く自立心を持てたツガートは、自覚はせずともそれを受け止められる行動力があり、それは幸せな家庭へと繋がった。
 ただそれは最初の数年だったが。

 ツガートは子供の頃からずっと旅を続けていた。それはキャラバンを去ってからも同じだった。
 キャラバンに居た頃はもちろん住む場所がそもそも移動していたからだったが、一人旅を始めてからは両親が殺された記憶を旅が紛らわせてくれていた。
 しかしそれに気付いた時には、既に定住が板についてからだった。
 人並にこの生活を捨てられないと思った。ロツとオウンの生活を守らなければと。
 気がつけば忘れたはずの剣を手に取り、気を紛らわす事が続いた。
「お父さん、ぼくもやりたい」
 ある時、オウンがそう声をかけて来た。小さくても男の子、剣という物に憧れるのだろう。その幼さにわが子ながらなんと可愛いのかと、親バカな事を思ってみる。
 さすがに子供に剣を持たすわけにはいかないので、子供用の木剣を与え、昔キャラバンで教わったようにオウンに教える。
 それはほとんど遊びの延長だった。だが楽しかった。

 体を動かすのが好きだった。小さい頃も雑用で走り回っていたのだ。旅をしている間も、一つ所に留まる事はなかった。辛い事も悲しい事も動いていれば忘れられたのだ。
 今の様な同じ仕事の繰り返しは、ツガートにとっては苦痛となっていた。それを家族の為と言う言葉で気づかない様にしていたのだ。

 その変化に妻のロツが気づかないはずがない。
 ロツはツガートと別れる気は全くなかった。もちろん愛していたし、何よりも一人ではどうしていいか分からなかったからだ。
 住み慣れた町はロツにとって居心地の良いものだった。友達もいるし、どこに何があるかもわかっている。何も不安はない。
 それでも自分と子供だけでは途方に暮れただろう。もしツガートが一人旅立ったとしたら、子供のため働かないといけないと言う事は分かっていても。
 だから彼女は生涯でただ一度勇気を振り絞った。愛している夫と別れたくないという以前に、一人では生きていけないと言う思いが勝ったのだ。

「いいよ、行こう」
 その言葉に夫は驚いて妻を見つめる。あのロツがこんな事を言うとは思わなかったのだ。
「一か所に留まるのは似合わないよ、ね?」
「すまない」
 精一杯の虚勢を張っているのが分かる。この言葉を言うのにどれほど妻は勇気を振り絞ったのだろうか。ロツには自分がいてやらねばならない、それが分かっているからこそツガートは自分からは言わなかったのだ。

 互いに互いを失うのを怖がっていた。
 ある意味ままごとのような夫婦だったのかもしれない。
 ロツはツガートに依存し、ツガートはロツとオウンに過去の出来事を覆ってもらっていた。

 決意をしたツガートの行動は早かった。元々旅慣れているのだ、あっという間に身辺をまとめあげる。強引に進めてしまわなければ、ロツの決心が鈍るかもしれないとも思ったからだが。
 そして三人は互いを失わないための旅に出る。

(2011.1.5)