残される者 4

 結局なんだかんだと医者の所でもう一晩ツガートは世話になった。さすがにその頃には先生とも打ち解け、それほど気兼ねもなくなっていたが。
 いくらなんでもこれ以上見知らぬ他人の家へ泊めてもらう気はなかったので、青年は三日目の朝、ようやく本来の目的である旅の友に出かける為、医者の家を後にした。二日分の宿代は浮いたが、いくらなんでも看取ったとはいえ好き好んで葬式にまでは付き合いたくはない。

 やっと町中を探索できた事もあり、ぶらぶらと露店を覗いているとすでに昼を過ぎかけていた。昼食か仕事を見に行くか考え、とりあえず何か適当な仕事はないかと旅の友の掲示板だけ眺めていると、青年を呼ぶ声があった。
「ツガートさん!」
 その声には十分に聞き覚えがあった。
 泣き声の方が多かったが、さすがに昨日今日では忘れない。
「ロツ」
「よかった、ここにいると聞いたから」
 先生に聞いたのだろうか、しかし一体何の用か? と率直にツガートは聞いてみた。
「え~と、その、私ツガートさんにお礼もせず、しかも名前まで聞きそこねてて・・・・・・。あ、名前は先生に聞いて」
 そういえば名乗った事も尋ねられた事もない。バタバタしていたとはいえ、父親の死にかかわったのだ。名前くらい聞いて礼を言うのは常識か。
「別に礼なんて、大変だったしな」
 礼を言い忘れたくらい、ツガートは気にしない。変な係わり方をしてしまったので、正直もうこれ以上ロツに時間を費やしたいとは思わなかった。
「それでも、せ、せめてお礼くらいは」
 まだ若いロツ、慣れぬ体で父の葬式を出し、これからは大人として生きねばと最初に思い立ったのが、人並の礼をしなければと言う事だった。自分はこれでも常識がある、という所を見せたいのだろう。
 だが、大人への階段を登りかけている少女には悪いが、別にツガートに付き合う義理はない。
「本当にいいって」
「でもそれじゃあ」
「じゃあ、どうお礼をしてくれるんだ?」
「・・・・・・」
 目じりに涙が浮かぶロツに、これじゃあまるでいじめてるみたいだとツガートは慌てる。結局少女さを捨てきれないロツにツガートは引き摺られていくのだが。

 ロツがこだわらなければ「ありがとう」の言葉だけで済んだのだが、ツガートの言葉に何か返さなければと思い込んだ少女に粘られ、結局はツガートは昼食をごちそうになった。しかも普通のレストランで。
 年下の少女におごってもらうというのは、ツガートにとって居心地の悪いものだった。だがこれでロツの気が済むならと、妙な店員の視線を受けながらも何とか耐える。
 しかし、これがツガートにこの少女はこの先一人で大丈夫なのか、と言う不安も抱かせた。一般的な常識は持っているだろう事は疑わないが、どこか曲がっているのだ。
 父一人娘一人の暮らしで、父親が倒れる寸前まで父の収入で暮らしていたのだ。
 大丈夫なのだろうか?
 だが、そこまで自分が口を出すのも、とも思う。しかし別れる間際のこれからどうしたらいいの? と訴えるロツの目、キャラバン育ちで面倒見のいいツガートにはそれを振り払う事が出来なかった。

(2011.1.3)