残される者 3

 青年は道を行きながら、心もとない懐をどうしようかと悩んでいた。
 次の町で仕事を捜した方がいいかもしれない、何とか宿を取るだけの金はあるうちに。
 その様子はすっかり旅慣れたものだった。最初こそ戸惑いはしたものの、キャラバンに戻りたくない、戻れないという気持ちが強かったのだ。
 パラパラと民家が見えてくる、町までもうすぐか。

 そろそろ民家が増え、町並みらしくなってきた頃にその声は響いた。
「すみません、誰かいませんか?」
 取り乱した様子で民家の戸を叩く女性がいた。家から応答はない、民家の住人の名前も呼んでいるので顔見知りなのだろうが。
 諦めた女性は今度はその隣の家へと声をかける。こちらは住人がいたようだ。
「ロツ、どうしたんだい?」
「お、おばさん。すみません、おじさんか、誰か男の方はいませんか?」
「旦那? まだ仕事だよ。そんなに慌ててどうしたんだい?」
「あの、お父さんが倒れたんです。わ、私一人じゃ運べなくて。あ、馬車を呼んだら・・・・・・」
「何だって! うちのじいさんじゃあ役に立たないし、旦那は仕事だし。
 よし、おばさんがひとっ走り馬車を呼んで来るよ、それまで待ってられるね!」
「は、はい。ありがとうございます!」
 どうやら込み入った事態が起きたようだ。聞くとはなしに聞いていた青年は自分のタイミングの悪さに恨みを込めた。
 このまま通り過ぎようか?
 と思った時、そのおばさんとばっちりと目が合う。
「あ、あんた。今時間は大丈夫かい? よかったらロツのとこの親父さんを運んでやってくれないかい?」
 きたか。
 見も知らない他人とはいえ、事情を聞いてしまった以上背を向けるのは少し気が咎める。仕方なく少女に向かいこう言った。
「家は?」
 了承の言葉だった。


 さほど広くはない家に少女の父親は倒れていた。父親と言うより祖父に見える、それだけ様態が悪いと言う事か。
 ツガートは剣士としては師匠ほど体格に恵まれなかったが、標準以上の体格は維持しているので、多少は苦労しつつも力の抜けた男の体を背負う。
 脱力している分背負いにくいが、重いとは感じない。
 見た目とは違うその体重に、助かるのか? と思わず出そうになった声を飲み込む。少女の前で言うのは酷だろう。
「す、すみません、見ず知らずの人に」
 と言いながらも、少女は既に家の外へと向かっている。一刻も早く医者の元へ行きたいのだろう。
 関わってしまった以上ここは少女の望むべく、可能な限りの駆け足でその後を追った。


 父親が生きたのはそれから二日ほどだった。
 担ぎ込んだ先で、可能な限りの手は尽くされたが、死は避けられないものだったのだ。
 一日目は宿に泊まりそこねたため医者の家へ泊めてもらい、宿代替わりに家を掃除している時に「もう掃除はいいから、一つ頼まれてくれないか?」と、父親の替えの服を取りに行っていたロツの家へと向かわされ、呼び戻したロツと共に危篤となっていた父親を共に看取った。
 父娘二人暮らしだったため、細かい雑務が色々とあった。、抜けるタイミングを見いだせなかった青年はなんだかんだと世話を焼いてしまう。
 少年時代のキャラバンでの雑用の毎日がまだ青年に染み付いたままだったのだ。

(2010.12.29)