マインはずっとツガートを抱きしめていた。
かつて、ツガートが自分にしてくれたように。
ツガートを胸に抱きしめ、不思議と心は落ち着いていた。
もうこのまま二人で終わってもいいと思う。
どうせツガートに助けてもらわなかったら死んでいたのだ。
あの時の死は一人だったが、今なら二人だ。
何が駄目だったんだろうか?
きっと自分が悪かったのだろう。
そもそも自分と出会ったことが不幸だったのかもしれない。
きっと、全部自分のせいだ。
だからツガートの手が何度も自分の首に伸びるのも、全て自分のせいなのだ。
ツガートはいい人だったんだ。自分とさえ出会わなければ、今でもきっと・・・・・・
「ツガート」
こんな穏やかな気持ちで呼びかけるのは久しぶりだ。もう今では名前を口にしても返事もしてくれない。
「マイン」
マインは少し目を見開く。
自分の声に応えてくれた。
「ツガート?」
「マイン」
自分をツガートと呼ぶこの少年は赤の他人だ。
そう、息子ではない。自分が助けた、ただの少年なのだ。
傷つけていいわけがない。
オウンは死んでしまったが、マインは生きている。
今はまだ・・・・・・
「マイン」
ツガートの目がまっすぐマインをとらえる。
それは、とても澄んだ目だった。
今、この正気のうちに何とかしなければいけない。
ともすれば再び闇の心が全身を満たしそうになる。
「マイン、名前を・・・・・・呼んでくれ」
「・・・・・・ツガート」
この名前を呼んでもらうことで、何とか狂気が正常に戻ってくる。
「ツガート」
ああ、このかすれた声は自分のせいなのだ。水すら少年に与えてやれなかった。
「ツガート」
ツガートはマインの手を取り、立ち上がった。
「ツガート、どこに、行くの?」
体力の衰えきった二人に速足はきつかったが、ツガートの足は目的のためそれを緩めることはない。
一体ツガートはどこへ向かっているのか。
「ツガート。ツガート!」
先ほどまでは呼ぶたびに優しい瞳を向けてくれたのに、今は繋いだ手を強く握り返してしかくれない。
不安だった。一体ツガートはどうしたいのだろう?
その時、前方から来る人影があった。
そういえば、この方向は先ほどの男が立ち去った方向だ。姿形からその男だとわかる、引き返してきたのだろうか、しかし何故?
ツガートは更にマインと繋いだ手に力を込めその男に向かう。
一方、戻ってきたのはやはり先ほどの男だった。
一度は立ち去ったのだが、なぜか足が進まなかったのだ。
面倒な事に関わりたくないとは思うのだが、どうにもあの少年が気になる。
自分に手をかけていた男に向ける異常な執着心を持った目、あれを自分の物にできたらと考えてしまったのだ。
ツガートと呼ばれた男も同じく執着心を向けたが、受け止める事ができていない。
自分なら受け止められる、あんなひよっこの男など比べ物にならないほどの時間を生きていたのだから。
これは・・・・・・惚れたか?
だか少し違うような気もする。
別に男に惚れたことがないわけではないが、どちらかというと女性に惹かれる事の方が多かった。
今の姿も男であるし、ここ百数十年男の姿しかとっていない。
でも気になってしまったのだ。もうどうしようもない。
引き返すことにしたはいいが、先ほどの二人の様子が気になる。
一応落ち着いたようには見えたが、あのツガートという男が再び少年を襲っているかもしれない。間に合えばいいが。
だがその心配は杞憂に終わる。向こうからあの男と少年がやってきたのだ。
(2012.1.29)