それは偶然だった。人通りが多いとはいえない道の端で、その光景を見にしたのは。
最初は女が襲われているのかと思ったが、どうも様子がおかしい。
一本道なので通りがかった男の足は自然とその二人に近づくが、どうやら襲われているのは少年で、抵抗すらしていない。
死んでいるのなら関わり合いになりたくないと思ったのだが、少年のうめき声が聞こえたので仕方なしに助けに入る。
「おい、何をやっている」
定石通りの咎め方。しかし咎められた相手の反応は違っていた。声をかけた瞬間肩がビクリと震えたが、振り向いた瞳にはなぜか男に対する怒りがない。
正直、男には面倒だという思いがあったが、予想外の反応にそのまま素通りするタイミングを失い、更に手を貸すことにした。
動かない少年に手をかけ男の下から引き出す。助け出した少年の顔は腫れあがっていた。こうして近くで見れば間違いなく男だとわかる。面立ちを見れば間違いなく男なのに、遠目で女に見えたのはその異常な細さが原因だろう。男の方もよくよく見れば同じくやせ細っているのだが。
さて、若干興味を持ったため思わずここまで助けてしまったが、どうしようかと通りがかった男は悩む。
しかしその間に助けた少年は襲っていた男に近づいていく。事情が全く分からないが知り合いだったのだろうか。それでも止めないわけにいかな状態だったので、ややこしい相手に関わってしまったかと男は少し後悔をし始める。
「俺・・・・・・は、大丈夫、だから」
少年は自分の首を絞めていた相手にすがりつく。
「ツガート、ツガート?」
ツガートと呼ばれた男は、すがる少年を引きはがし声を絞り出した。
「・・・・・・てくれ」
「?」
助けてくれ
ツガートは確かにこう言った。
それは誰に言った言葉だったのだろうか。
少年か、助けに入った男か。あるいは男の知らぬツガートの妻か子か。
それともわずかに残るツガート自身の良心にか。
誰か助けてくれ
誰か止めてくれ
マインをこれ以上傷つける前に
いつか・・・・・・
殺してしまう前に
「マインを助けてくれ」
それは間違いなくツガートの本心だった。
久々にツガートの頬を涙が伝う。マインの前では見せたことのない涙に、少年はどうしてよいかわからずうろたえた末、恐る恐るツガートを抱きしめた。
「俺、は・・・・・・邪魔?
いらない?
そばに、いたら・・・・・・だめ・・・・・・なのか?」
ああ、この二人は互いに執着しているのだ。ツガートとマインの表情から、簡単にそれを読み取れる。わざわざ自分が出しゃばるまでもない、通りがかった男はそう思った。
どんな事情があったのか知る由もないが、どう見ても二人には絶望的な未来しか待っていないだろう。だからといってこの男にそれをどうにかしなければいけない義理などなかった。
今でも十分破滅的だろうに、マインはツガートのそばを離れようとしない。
男はとにかく今この場は助けたのだから、もう十分だろうと関わり合いになるのを避け、その場を去ろうとした。
「あ、あの」
「何だ?」
声をかけた少年の目は寂しさで溢れていた。
頼りたいとも、守ってもらいたいと思うのとも違う。ただただ寂しくて誰かにそばにいてほしい、それだけだ。
しかし、それは少年を襲っていた男、ツガートに向けられた感情だ、自分ではない。なぜかそれが少し引っかかった。
少年は礼を言うか謝罪を言うかで悩んでいた。この場合はありがとう、と言うべきなのかもしれないがそれではツガートを責めていることになる。
だから何も言えなかった。
男の方も少年を頭を軽く撫で、そのまま何も言わず立ち去って行った。
(2012.1.28)