破滅への出会い 17

「どこへ、行く」
 離れようとした気配を察したのか、ツガートが声をかける。マインを傷つけようとする時以外に声を聞くのは久しぶりだ。
 たとえそれが咎めるような声であっても、マインの中に例え様もない思いが溢れてくる。
「何か、食べるものを見つけてくる。何かべないと、だめ・・・・・・だから」
 マイン自身も、言葉を話すのは久しぶりで、うまく言葉が繋がらない。でもツガートと会話ができるのが嬉しくて、何とか言葉を繋ごうとする。

 そんなマインにツガートは目をやる。

 ツガートは、マインにそのままどこかに行けと言いたかった。

 いや、そう言わなければいけないのだ。

 わかっているのに、そうしなければいけないのに、持て余すほどのマインへの執着心がその言葉を飲み込ませる。
 あれほどのひどい目に遭いながら、何故マインは逃げ出さないのか。どうしてツガートの思いを察することができないのか。

 口を開いたのは間違いだった。マインに声をかけるべきではなかった。
 何も告げずに離れようとするのが許せなかった、怖かった。あれだけのことをして、まだ自分に縛りつけようとしている。

 昨日はマインの顔が変形するほど殴っている。後悔という感情からは縁遠くなってしまっているが、明るい太陽の下では多少の理性を絞りだせた。

 食べ物を探しに行くならさっさと行ってしまえばいい。マインを視界に収めたことで、再びツガートの狂気が湧き出さないとも限らない。
 早く行ってしまえ、今の自分の視界にに入るな。
 それはある意味ツガートの懇願だった。今のなけなしの理性だったのだ。
 しかしマインは目を閉じたツガートを心配して、彼のそばに身を寄せてしまった。
 今はひょっとしたら、あの優しいツガートかもしれない。話しかけてくれたということは、昔のツガートに戻る前兆なのかもしれない。
 そう思っても仕方のないことだった。
 自分の狂気を押し込めていたツガートは、そばにマインを感じた。目を開けると、すぐ前にマインがいる。


 この馬鹿が!!


 声を出す代わりにツガートはマインに襲いかかった。
 両手を押さえつけ、どうしてやろうかと体中を見回す。
 腫れあがった顔の中からマインの瞳が見える。殴る場所がないほど腫れあがっていた。
 そう、自分がやったのだ。
「は、ははは・・・・・・」
 かすれた声が痩せた喉からこぼれる。もはや笑い声を上げることすらできない。
 大人の自分がこうなのだから、少年のマインにツガートを払いのける力など残っているはずもなく、抵抗すらできずただツガートを見つめていた。

 ツガートが手を緩めるとマインが怪訝な顔をする。この状態で殴られなかったことなどないのだ。
 それを正確にツガートは読み取ることができた。腫れあがった顔でも、マインの瞳で読めたのだ。
 何ということか。暴力を振るわないことに疑問を持たれるなんて。しかし今のツガートにはマインの中の自分に愕然とするどころか、更なる笑いしかこみあげてこない。

 あぁ、自分はいつから狂ったのだろうか?

 それでもツガートにマインを殺すつもりはないのだ。なぜならツガートなりに今でもマインに愛情を感じているのだから。
 本当の息子以上に愛しく思えて、それでは死んでいったオウンに申し訳なくて、でも今そばにいるのはマインしかいないのだ。
 単純に息子の代わりとして愛せればよかったのに、オウンと同じようなことをしてもマインは全く違う。
 太陽と見紛う髪に縁取られた輝くような笑顔が、ツガートの愛情と罪悪感をそれぞれ刺激したのだ。

 マインの腫れあがった顔に同情する自分がいる。
 それとは別に感情をもてあます自分がいる。
 自分がこれほど暴力的な人間だとは思わなかった。
 自分がわからない。
 どうしたらいいのだろう。
 わからないからマインを傷つけても手放すことができないのだ。


 自分の下で身動きすらしないマイン。
 この苦痛であろう旅で再びやせ細っているが、それでも自分に比べればまだまだ瑞々しい肌。
 一瞬ゴクリと喉が鳴る。
 そういえば空腹だったのだ。
 そう思ってからツガートは慌てて首を振った。そんな事がしたいわけじゃない。

 違うんだ!

 ツガートはマインの顔に手を添えた。そのまま横の地面に手を置き項垂れる。
 本当は傷つけたいわけじゃない。そうじゃないんだ。




 自分の上で葛藤するツガートを見上げるマインは、いたたまれない気持ちでいっぱいだった。
 殴るなら殴ってくれてかまわない。
 自分が重荷になるのはわかっている。
 それでも一緒にいたいのだ。
 たとえ自分を見てくれる時がわずかだったとしても。

 わがままをしているという自覚はあった。
 ツガートのそばにいたい、ただその思いがツガートの全てを受け入れさせていた。
 今のこの状況の半分はマインが作り出したといってもいい。

 もはや二人の関係は破滅的だった。二人でいる限り打破しようのない迷路に入り込んでしまったのだ。
 なお一層悪いのは、互いにそこから抜け出そうとしないことだろう。



 しかし、その抜け出せない道に、踏み込んでくる者があった。

旧携帯サイト版より若干ツガートの行為を抑え目にしています。
(2012.1.7)