決して可愛くないわけではない、むしろ息子に姿を重ねすぎて愛しいくらいだった。
だけど息子ではない、全く似てもいない。なのに何故息子と重なるのか。
純真に自分を慕うマインが疎ましかった。息子以上の存在になりかけているマインが、何故本当の自分の息子じゃないのかと理不尽な怒りを覚えた。
普通の人としてのマインへの同情はあれど、父親としての喪失感と生き場のないマインへの怒りがだんだんとツガートの心を蝕んでいった。
マインを避ければ避けるほど少年は自分に近づいてくる。
離してくれるな、自分を見てくれと迫るマインを持て余した。煩わしくて手を上げそうになるが、最後の同情心がなんとか最悪の手段を抑えてくれた。
代わりにマインを見ないようにした。
もう見捨ててしまいたかった、眠ってる間にどこかへ行ってしまおうかとも考えたが、マインの眠る顔を見ると異様な執着心が湧き上がる。
執着心と嫌悪感、相反する感情を抱きながらそれでも何とか旅を続けたが、ある日とうとう男の理性は切れたのだ。
そのうめき声に正気に戻ると、自分の下にマインがいた。
苦しそうな声を上げている。
それもそのはずだ。
自分が少年の首を絞めているのだから。
その恐ろしい事態に一瞬男はマインと出会った頃に戻った。
目に理性の輝きが戻り、自分のした事に恐ろしくなる。自分は何ということをしてしまったのか。幾度か手をあげたことはあるが、殺そうとなんてしたことはなかった。
手を離して放心するツガートにマインは声を絞り出す。
「大、丈夫だから・・・・・・」
「あ・・・・・・」
ツガートの声が震える。マインの声は優しかった。ツガートを責めていない。いや、今までツガートを責めたことなど一度もない。
実はこの時、マインは嬉しかったのだ。
理性を取り戻したツガートは、出会った頃のツガートを思わせる。
ツガートは自分を見ている。自分の方に振り向いてくれている。ツガートの中に自分は確かに存在しているのだ。
それは冷静さを取り戻したツガートにも伝わった。
こんな自分をまだ求めてくれる、そのあまりに可哀そうなマインに、ツガートは前に手を上げて以来久しぶりにその少年を腕の中に優しく抱きしめた。
時折見せる、正気のツガートにマインは希望を見出していた。その間隔が徐々に長くなろうとも、それにすがっていた。
自分を優しく包んでくれたあの腕を忘れられなかった。抱きしめてくれれば、ツガートは優しいままのツガートなのだ。
ただその優しい腕は自分を傷つけた後にしか訪れない。
だからマインは耐えた。たとえ殴られようと首を絞められようと、その結果気絶したとしても、その後の自分を見てくれる出会った頃の男に会いたかったから。
ツガートの方もこの状況をどうにかしなければいけないと思っていた。まだこの時は正気を失いかけている時でもそう思っていたのだ。
何とかしなければいけない、互いにそう思っていた。
互いに互いのことだけを考えていた。
やがて二人は他のことは目に入らなくなり、すぐそばにいる相手のことしか考えなくなっていた。
二人はボロボロになっていく。
先に心が壊れ、体が壊れていった。
もはや町に立ち寄ることさえ頭になく、ただただ二人で歩き続けたのだ。
(2011.12.26)