視線が合わなくなったと思った。
そばにいてくれるのに、そばにいない気がしてきた。
マインにとってそれは耐えがたい恐怖だった。
ツガートの邪魔をしたくない、迷惑をかけたくない、それよりもツガートをそばに感じられない事が何より苦痛だったのだ。
どうしたらツガートが前のようにマインを見てくれるか分からなかった。だからマインはとにかくツガートにつきまとった。
仕事に行こうとしてはそれを止め、寝ようとすればベッドに潜りこむ。
必死だった。
ツガートもこのままではいけないと思ったのか、久しぶりにマインに剣の稽古を付ける事にした。
その時マインがどれほど喜んだか。
可愛くて愛おしくて、自分の心の変化が申し訳なくてツガートは久々にマインを抱きしめた。
これを失いたくない、それははっきりと思うのだ。
マインは真剣な目で剣を構える。強くなりたいと、その目が言っている。
いけないと思いながらも、その姿が息子と重なってしまった。
愛していた、愛していたのに守ってやれなかったオウン。助けてやれなかった。
自分が剣を教えたがために母を庇い、無残な殺され方をした。
まだ十にもなっていなかったのに!
傷はマインといる事で癒されたと思っていたのに、再び抉られるような衝撃を受けた。
ただマインが息子のように見えただけならよかったのだ。同情と哀情でマインを包んでやれた。
だが重なってしまえばもう耐えられない。
オウンは死んでしまった。
マインを守ってやりたいと思っている。だがこんな事をしていたら同じではないのか?
自分の子供すら守れなかったのだ、どうして赤の他人を守ってやれるのか。
その思いが爆発した時、ツガートはマインに手を上げていた。
一瞬目と目が交差する。
今まで見た事がない、信じられないモノを見る目。
だがそれでもツガートの手を止めるには至らなかった。
自分の手が恐ろしかった。実の息子でさえこんな理不尽な事で手を上げた事はないのだ。
俯いたマインが顔を上げるのが怖かった。あれほど恐ろしい目に合った少年に、自分は何という事をしてしまったのか。
「ツガート」
非難を覚悟した。どんな罵声を浴びせられても仕方ない、そう思ったのに、返ってきたのは意外な言葉だった。
「俺を、見てる?」
「マイン・・・・・・」
涙が溢れてきた。
自分は何のためにマインといるのか。
「すまない、すまないマイン」
顔を覆い涙を流すツガートをマインは少し背伸びして抱きしめた。
殴られることなんて何でもない。そばにいるのに振り向いてくれない事よりどれほどましだろうか。
マインはツガート以外そばにいてくれる人を知らない。知りたくない。
だから離れられないし、何とか出会った頃のツガートに戻ってほしいと思う。
あの自分を助けてくれた時のような、自分をすべて受け入れてくれる目を向けてほしかった。
なのに最近はそばにいるのに孤独で、寂しくて寂しくて、だからより一層マインはツガートに執着した。
だんだん手を上げる頻度が高くなるツガートにどこまでもついて行った。
やがて剣すら教えてくれなくなっても、ツガートに近づきたくて一人で練習した。
いつか褒めてくれるかもしれない、いつか出会った頃の関係に戻るかもしれない。
マインの生きる目的はただそれだけだった。
だがまだ殴られているなら良かったのだ。殴る瞬間、ツガートはマインを見る。
はっきりとツガートがマインを意識している、それだけで嬉しかったのだ。
はっきりいって虐待に近いので、苦手な方はすみません。
もうしばらくこんな状態が続くのでご注意ください。
(2011.12.17)