マインが大切だった。
もういない妻と子と比べて、生きている人間を選んで何が悪いだろうか。マインを息子のように見て何が悪いだろうか。
ただ一心に自分を慕ってくれる少年を、愛しいと思わないはずがない。
父親代わりとして、兄代わりとして。そう思えば思うほど、マインと息子の違いに目が行ってしまう。
どうしてそんな所に目が行くのだろうか?
マインは本当の息子じゃないのだからそんな事は当たり前なのに。
成長期だったのか、一時の飢餓に負けずツガートに抱え込まれて眠るマインは出会った頃より随分大きくなった。大人になる頃にはツガートの背を越すかもしれない。
だけどまだまだマインは庇護欲を起こさせる。大人ではない、オウンのように子供なのだ。
子供でいてほしかった。
自分の中でもっと整理がつくまで、出会った頃のマインでいてほしかった。
だけど確実にマインは変わっていく。
いつまで自分を慕ってくれるのだろう。
いつまでこんな風に甘えてくれるだろう。
それを失う時が怖い。
いつまでもマインのそばにいたい。
いつまでもマインを抱えて眠りたい。
ツガートは強くマインを抱きしめた。苦しくて身動ぎするマインをそのまま封じ込め、自分の思いも封じ込め無理やり目を瞑る。
マインが頼れるのは自分しかいないのだ。しっかりしなくてどうする。
失ったとはいえ、妻と子を養った自分は大人なのだ。だから大丈夫。
「今日も仕事に行くの?」
ぶすっとマインが口を尖らせる。
「明日には帰るから」
「えぇ~」
ツガートは日を跨ぐ仕事が多くなった気がする。ちょっと前まではなるべく一日で終わる仕事ばかり引き受けていたのに。
それにマインに剣を教えてくれる時間も減ったように思う。
それがちょっと不安で、でもそれを出したくないからマインは子供っぽく我儘を言ってみせる。
「じゃあ行って来る」
どうせツガートを止められないのだ。
そんな弱い自分が嫌だった。だから強くなりたいと思った。
故郷を失った時、マインはあまりに大きな自分の中の弱さに出会ってしまった。ツガートと出会って、変われると思ったのだ。強くなれると思った。ツガートのように。
ツガートの仕事の邪魔をしたくなかったし、役に立てるようになりたい。
マインはツガートが強い大人に見えていた。
ツガートがそうありたいと思っていたからで、だからこそマインはツガートのそばにいる事で立ち直る事が出来た。
頼りたいわけではなく、ただ誰かに傍にいてほしかった。ツガートはそれを叶えてくれる。
ツガートに抱きしめられる時、もちろんそこまで子供じゃないマインにとってそんな経験はここ数年なかったし、ツガート自身縁もゆかりもない男だが不思議と心地よかった。
その時、マインは寂しくなかった。孤独ではなかった。
燃え盛る炎から逃げ、一人孤独な死への道を歩いていた少年にとって、それがどれほど大切だったか。
マインはツガートに激しい依存心を持ってしまっていた。
結論を言えば、ツガートは普通の男だし、行き倒れた少年を放っておけない人並みに人情もある男だった。
マインの身の上に同情したし、力になってやりたいと思う。
ロツとオウンを失ってからの侘しい一人旅と違い、マインとの旅は笑いのある何とも楽しい旅だった。
マインだけがツガートに依存するのではなく、不思議な協調関係によって二人の旅は成り立っていたのだ。
(2011.12.8)