破滅への出会い 9

 マインの背は平均に比べ別段小さくもない。ただツガートが若干平均より高めだったため、抱きしめると息子のようにすっぽりと覆ってしまう事が出来る。それが嬉しくて隙あればがしっと抱いてみる。
 マインが嫌がればやめるつもりだったが一向に嫌がるそぶりを見せないので、旅の途中でいつの間にか癖になりかけていた。

 医者の元を去ってから数週間が過ぎた。もちろんすぐに出発したわけではなく、マインが旅に耐えられるまで回復するまで待ったのだが。
 その間マインは医者の所とツガートが借りた宿を往復して過ごした。最初は遠慮していたのだが、こちらもツガートが全く嫌がらなかったので次第に宿に入り浸るようになっていた。ツガートがさすがに恐縮して二人分の宿代を出そうとしたほどに。
 世話になった医者との別れは名残惜しかったが、別れ際に手を振る医者は全く悲しんでないだろと二人に言ったものだ。


 さて、何を言っても二人は赤の他人で、年も親子ほどではないが兄弟というには少し離れている。互いを呼び捨てているので、年の離れた友人が一番ぴったりくるだろうか。
 しかしそれでも幼すぎない少年が他人に見える青年にべったりしているのはちょっと変わっていただろう。実際腕を体に回しているのだから。
 医者が心配していたのはそこだった。体の方は治っても精神的な面はまだ完全ではなかった。それでもツガートと共に行く事を許したのはツガートがマインを支えるだろうと思ったからだ。
 見送る医者の目には、二人はそう見えたのだ。



 穏やかな歩みだった。同じように歩いた、歩き続けたあの時と比べて本当に天国のようだ。
 あの時は死ぬために歩いていた。生きる気力もなかったのに、すぐに死ぬ勇気もなかった、ただの緩慢的な自殺行為。
 そばに誰かがいてくれるだけで、ツガートがいてくれるだけでそれらは全て蓋をする事が出来た。
「ん? どうした?」
 ツガートがマインを見降ろす。マインが背中あたりの服を掴んでいたのだが、急にひっぱられたのだ。
 マインは返事なく二カッと笑う。それが妙に幼くて吹き出したツガートはグリグリとその頭を撫でてやる。いたずら心を起こしたマインはその手に更に頭突きをするように頭を摺り寄せた。
 ただでさえのんびり歩いているのに、こんな事をしていたらまた次の町に着く前に日が暮れてしまう。二人で旅に出て数週間経つのに、まともに宿に泊まった事の方が少ない。
「マイン、もう少し急げば日暮れ前に町に着くんだけど」
「ふ~ん」
「って、どうして更に強くひっぱるんだ!」
「歩ける歩ける」
「歩けるって、そりゃあ歩けるけどなぁ」
 文句を言いながら、ツガートは野宿も覚悟し始めた。

(2011.7.25)