目の前の少年は、まだまともに食べ物を口にしていないので痩せた姿は変わらなかったが、出会った時は虚ろだったその目が間違いなく自分を映している。
どっと体から力が抜けた。今まで大丈夫だろうか、大丈夫だろうかと張りつめていた緊張が一気に解けたのだ。
「あ・・・・・・の」
かすれた声が少年から発せられる。そう、完全に回復しきったわけではないのだ。思えば少年に会った所で、何か話そうと思っていたわけではない。
「ありがとう」
「・・・・・・いや」
会話が続かない。青年はどちらかというと口下手な上、家族を失ってからは更に口数は減っていた。
「俺は、しばらくこの町にいる。また、来るから。ゆっくり休め」
「うん」
とりあえず少年の姿に満足した青年は、医者の忠告もあり病室を後にしようとした。
驚いたのは少年の方である。まさかこの短い会話だけで出ていくとは思わなかったのだ。
「ちょ、ちょっと待っ・・・・・・」
そこでむせた。慌てて青年が駆けより、その背をさすってやる。
「急に叫ぶな」
「ごめ・・・・・・」
「いいから黙って」
しばらく背を撫でてやると、ようやく少年も落ち着いてきた。
「じゃあ、また来る・・・・・・な」
「待って、名前」
「ん?」
「教えて」
「・・・・・・」
そういえば自分も少年の名前を知らない。名乗ってもいない。
「ツガート」
「マイン、俺はマイン」
出会って数日、やっと二人は互いの名前を知った。
そこからの回復は早かった。本人に治そうという気力もあったし、何より若かった。
医者は最初に少年が口にした町が燃えた、と言う言葉を気にしていたが、それに囚われている様子もない。衰弱しきっていたので外見から年齢が分かりづらかったが、聞けば医者の推測通り十四だという。大人とは全く言えないが決して幼くはない。本来の少年の性格もあってか少年を連れて来たツガートともよくしゃべる。
青年の方も少年の姿を見て落ち着いたのか、近くに取っていた宿から少年に無理のない程度に様子を見に来るにとどめていた。それでも用事がない限り日に一度は通っていたが。
最初、やたらと少年に執着したように感じたが、聞けば二度家族を失ったと言う。それで医者も納得した。したいようにさせてやろうと、少年の治療費だと言う金を受け取り、少なくともマインが完全に回復するまでは面倒を見ようと決めた。
一週間ほど経った頃だろうか。ツガートが仕事で二日留守にした。医者はそれを聞いていたが、マインは知らなかった。もう横になっている必要もなく、食事に気を付ける以外は医者の簡単な手伝いをしながら日々を送っていたので、ツガートも時間があれば長居し、他愛もない話をしていた。
気付いたのはその日の夕食だっただろうか? マインが見るからに表情を失っていた。自分を助けてくれた上に、ずっと気にかけてくれている医者とは別の存在に頼っていたのだろう。やっと帰って来たツガートにマインはべったりだった。ツガートの方もいつも以上に自分の周りから離れないマインに疑問を抱いたが、慕ってくれる事に悪い気は起きない。
そしてマインの状況を聞いたツガートはその日以来、日を超えるような仕事は受けなくなった。
やがてマインは全快し、医者はツガートを呼び出した。今後のマインの身の振り方をどうするか、それを決めるために。
(2011.5.15)