破滅への出会い 6

 固形物を食べる事は出来なかった。水の様な流動食を食べさせる様を食い入るように見つめる青年に、医者は鬱陶しいのと患者へのストレスを考え面会時間を一時間と設定したほどだ。

 仕方ないので青年は外に出てみるが、どうしても少年が気になって何も手につかない。あの時の自分を頼る手を忘れられなかった。

 玄関の外から絶え間なく続く視線を感じた医者は、今度は治療費を稼いで来いと追い出した。実際は少年の治療費くらいは持ち合わせていたのだが、確かに医者の前で自分の出来る事はないと何とか思い直した青年は辿り着いた街の旅の友をちらりと覗きに行ってみる。
 簡単な仕事で気を紛らわす間に、やがて少年の意識も正常に戻り会話も何とか交わせるようになった。



 目を開くと、そこは全く知らない天井だった。
 どこだっけ?
 混濁から戻ったばかりの意識は、いつもの様な頭の回転を妨げる。
 どこだっけ? どこだったっけ?
 必死で考える。
 手を上げようとするが、上がらない。何だろうこの重さは。
「大丈夫かい? まだ体が重いだろう」
 自分を覗き込んで来るこの医者の様なおじさん、知り合いにいたっけ?
「ま、無理せん事だな。まだ堅い物を食わせるわけにはいかんが、何か食べたいものでもあるか?」
「・・・・・・ず」
「ん?」
「水。喉が、乾いた」
「おぉそうかい。自分で飲めるか?」
 その言葉に茫然としていた少年は無意識に頷く。自分の声があまりにいつもと違いすぎて、自分の口から出ているとは思えなかった。
 背中に手が差し入れられ、状態を起こされる。そうされないと起き上がれないのだ。それでもかろうじてコップを受け取る。
「堅い、物、だめって?」
「あぁ、・・・・・・お前さん、自分が何故ここにいるか分かってるか?」
「・・・・・・」
 少年は口をつぐんだ。やっと少しずつ自分の記憶が整理されてきたのだ。
「燃えた」
「燃えた?」
「全部燃えてた。皆燃えてた」
 医者の方も、火傷の具合から炎に撒かれたのだろうと思っていたのだが、何故撒かれたのかまでは分からない。呟くように無表情に話す少年に、医者はかける言葉を失った。
「分からなかった。何が燃えてるのか、家なのか・・・・・・。家じゃなくて、他の・・・・・・」
「いい、もういい。お前、今自分が助かった事は分かってるな」
 少年は医者を見る。
「誰かに助けられたって事は?」
「あ・・・・・・」
「覚えてるな。覚えてるならいい。お前さんを助けようと必死でかけ込んで来た奴がいたんだ」
「助け、て・・・・・・くれた。誰かに・・・・・・」
 誰かに背負われていた。誰かと言葉を交わした。
 記憶もあいまいな時の事が、少しずつ浮かび上がってくる。
 その時自分は助かったと思ったのだ。
 消極的な死に向かっていたはずなのに、あの時の安堵がどれほど心地よかったか。
 泣き始めた少年の頭を二度ほど撫でると、医者は少年を一人で泣かせてやった。そこまで小さな子ではなかったからだ。


 大変なのはこの後だった。
 少年が気付いた事を知った青年が会いたいと言い張るのだ。別にもう面会に何の支障もないのだが、折角回復した患者の枕元で喚かれるのも困る。
 先程泣いていた事もあり、とにかく少年に話す事を無理強いするなと念を押し、青年を中に入れた。

(2011.4.13)