第一章 第一話 9

「攫われたのはミアっていう長の娘と、友達のカラって娘だ。
 っとに、国境には近付くなって言ってたんだが」
 見晴らしいいしな、と続いたマインの言葉にアルセンはお前も行ってるなと内心突っ込む。
 その性格は昔から変わっていない、それがたまらなく嬉しい。
「まあ向かった事には気付いたから、一応心配してグリスとホンが後を追ったんだが。結局トーメルクの奴らに捕まったらしい、いくら国境付近だからって、んな事するなよなぁ。
 まあグリスが一緒に捕まってるからミア達に危害が及ぶ事はないだろうが」
 まだ先程の事が恥ずかしいのか、マインはアルセンに目を合わさず話し続けているが、グリスの名を口にした時、彼にする信頼感が伺え、アルセンは多少面白くない。
 別にアルセンが嫉妬するような関係ではないのだが。

「で、シャージが事を大きくするなってガミガミ言うから、これを知ってるのは俺達とさっきの長達だけだ。
 あ、なーんも考えずにお前に話しちまった、シャージに小言食らうだろうなぁ」
 そうか、飛び込んだ家は長の家だったのか・・・・・・ さすがにちょっとアルセンが反省する。
 まあ長の家でなくとも勝手に玄関を開け、勝手に家の中を歩きまわったら反省すべきなのだが。


 シャージは王都の文官であり、十五年前に定住を決めた民族達と、内政が一新した王都の間での取り決めにより、今は町を形成している各民族の町長の補佐として派遣されている。
 本来なら長は町長にあたるのだが、どうにも皆その呼び方になれる事が出来ず、セーダルに限らず多くの部族で昔からの呼び方を使っている。
 この点には口うるさいシャージも諦め、自らも長と呼んでいた。
 本音は縦割りの役職を置きたいのだが、国自体も何とか体制を整え軌道に乗り始めた所であり、それぞれの部族は長を中心とし既に町としての体裁を今の所問題なく保っているので、シャージもしばらくは静観する事にしている。
 いくら国としてエルンの中に正式に組み込まれたとはいえ、元来は自由に生きていた民なのだ。
 急いて再び内乱を招くのは愚の骨頂とも思えた。
 しかしこの点については、長のハンデルの方がいずれは王都のように役職を置かなければと考えている。
 遊牧民が多いエルンの諸民族は、堅苦しい階級などなくとも、長と先達で民族をまとめていたが、住む場所を変え、気ままに生きていた頃とは違うのだ。
 自由に生きてきた民族達、当たり前の役職もない彼らを町として形成させるのは、ほぼシャージ達の肩にかかっていた。
 まず意識改革させなければならないのだから、それは大変な職務である。
 王都から離れるという事は出世の道を外れたかのように見えるが、その職務はほぼ一つの町を治めるに等しく、まさに腕を試される仕事であり、多少遠周りにはなるが出世の道の一つに入っていた。
 それにシャージはやりがいを感じている。
 堅物には違いないが、自分の力を試したいという若さ溢れる青年にマインを含め長達も好意的に見ており、国の基本も発展途中、セーダルの町も発展途中、その試行錯誤が互いを良き方へと導いていた。

 だから今この時はまだ現状のままでも大丈夫、まずは作り上げるのが先決であると考えている。
 ハンデルの方も、今はまだ自分がいる、だから町としての体裁を保ち続けているが、やがては破綻するだろうことは想像に難くないと思っており、それに自分以外の者をきちんと役職に就いけていない事は、いずれ混乱を招くと考えている。
 このあたりの問題はシャージと内密に話を進めてはいるのだが。
 ちなみに各部族からも一名を王都へと送り、評議員として政務に励んでいる。
 セーダルの場合は長ハンデルの弟がその任に就いていた。



 さて、小言を食らうのが嫌だからと言って逃げるわけにもいかず、マインは再び長達の元へと戻るが、連れてきたアルセンに一同怪訝な顔をする。
「その男は誰だ?」
 疑問は最もで、服装は同じだがどうにも最初にぶしつけに入ってきた人物とは体格が違うように思える。
「あー、えー・・・・・・」
 普段ならもう少し気のきいた誤魔化し方くらい出来るのだが、アルセンがこの姿になった経緯をどう説明していいか分からず言葉が遊んでしまう。
 別に異氏の一族だという事は隠す様な事でもないが、どう見ても立派な体格を持った男のアルセンにキスされたとは言いたくない。

「先程は失礼した、マインの旧友でアルセンと言う」
 味もそっけもない返答に、一同は本当にさっきの奴かよと言葉に出さず突っ込む。
 しかもマインと息子ほどの年の差があって旧友とは?  言葉に出さないのは、皆年齢を重ねた大人からだったが、一番若いロウドがさすがに疑問を口にした。
「マイン、さっき誰だ? と言ってなかったか」
「そ・・・・・・れは、暗いし逆光で。よ、よく見えなかったんだ」
 かなり苦しい言い訳だったが、確かにあの時アルセンは逆光になっており、だれもちゃんと顔を見ていなかった。
 きちんと顔を見ていないのに疑うのも失礼かと思い、ロウドもそれ以上は何も言わない。
「マインから話は聞いた、救出に向かうなら手を貸そう」
 その言葉に一人民族衣装ではない男がマインを睨む。この男がシャージなのだろう。
 何か言おうとしたシャージを長のハンデルが制す。
「マインが話すという事は、信用していいんだろう」
 アルセンはここでのマインの信頼度を垣間見、少年期の形成に携わった者として誇らしい気持ちになる。
「ああ、勿論。剣の腕も信用していいぜ」
 俺の剣はアルセンに教えてもらったものだしな、と言いかけて口をつぐむ。
 先程アルセンが異氏の一族と名乗らなかったので、それを出すとややこしくなるかと思ったのだ。

 シャージも話してしまったのは仕方ないと、神経質そうな外見に似合わずそのまま話に戻る。
 本人は否定するだろうが、この性格は元々の彼の性格ではなく、周りにいるセーダルの面々が影響していた。

 マインが席を外している間に、やはり話を公にすることは避け、ここに居る者達で救出に向かう事に決まっており、後はマインを待つだけの状態だった。
 しかし、長であるハンデルと文官のシャージは残るので、実際に向かうのは残りの三人。
 最も年長のカーダル、マインよりやや上のエンリ、そしてマインより一回り年下のロウド。
 相手は五人だがここに居る者達は剣の腕でも優れており、剣の勝負では負ける要因はないのだが、攫われたミア達の事を考えると相手の人数と同数となるアルセンを含めた五人という数字は悪くないように思えた。
 ミアと共に攫われたグリスも腕が立つので、ここに居ないのは戦力的には痛いなと思ってもいたのだ。

 マインも若いとは言えないが、更に年長のエンリ、カーダルに至っては六十前。しかし十五年前の内乱でもマインと共に戦場を駆けた仲であり、下手な若者より剣の腕も立ち、何より信頼が置けた。
 ちなみにグリスとロウドは同じ年で親友でもあり、グリスの事だから滅多な事にはならないと思っているが、ロウドの顔には多少の焦りが伺える。

 結局話してしまったなら巻き込んでしまった方がいいだろうと、シャージがあっさりと決断し、マインを含めた五人、そして一人知らせを持って戻ってきたホンを案内役とし救出へ向かう事で話はまとまるが、攫われた場所がエルン、トーメルク、どちらの領土とも言えない微妙な国境であったのがシャージにとっては懸念要素であった。
 あえて言うならばエルン領土なのだが、古くはトーメルクの領土であり、まだセーダルを含めた多くの民族が定住を決める以前、両国の小競り合いの時にエルンが占拠した形となっていたのだ。
 そのため両国ともその土地を自国の領土と主張している。
 しかし土地としては小高い丘となっており草原を彼方まで見降ろせる以外に全く価値のない地域の為、トーメルクが自国の領土と主張しながらもそれ以外の行動を起こさなかったので、エルン側の監視も少なく、ミアも油断していた。
 油断していたといえ、トーメルクに攫われるという自体は両国の関係を鑑みればありえないと言ってもよかったのだ。


 エルンと言う広大な土地の片隅での些細な事件、それがこれから起こる戦火の始まりだとはだれも気付かなかった。

だらだらと説明が長くてすみません。
(2010.5.5)