第一章 第一話 6

 物音がする、とアルカは目を覚ました。
 眠い、少し前にも父親が出て行った時の音で目が覚めていたのだ。
 二度寝をして微睡んでいたが、帰ってきたのが父一人ではないような気がする。
 客か? こんな早くに、と思いながら念のため起き出してみると、案の定話し声が聞こえてきた。
 母親のメーネの教育が行き届いていたため、話の邪魔にならぬよう静かにお茶の用意を始める。
 何が始まっていたのかを知っていれば、準備などしなかっただろうが。
 普段なら妹のジエンに任せるのだが、生憎友達の家に泊まりに行っているので仕方ない。
 まあこの後、家にいたのが自分で良かったと思うのだが。
 手早く用意を済ませ父の部屋へ行く、几帳面でない父は中途半端に戸を開けていたが、いつもの事なのでノックのタイミングを計るためアルカはそっと覗きこんだ。

「!!!」

 途端に後悔した。あまりの事に一瞬動きが止まる。
 しつけの良かった母への愚痴が出そうになったが、気付かれてたまるかと言葉を飲み込む。
 落としてなるものかと硬直した体を叱咤し、盆を握る手に力を込めた。
 部屋には父と父を上回る背丈の二十代後半くらいの男がいた。それはいい。

 が、何故キスをしている?

 どちらかと言うと父が無理やり抑え込まれているようなので、それはそれで父の不可抗力だろうという自分の中の父の弁護に使えるが、あの父と張る体格の持ち主の男に、このままだとどうなるのかという恐ろしい想像をしてしまい、いたって普通の嗜好の持ち主の息子は鳥肌が立つ。
 父も必死で抵抗しているようだが、二十歳前の自分の力でも勝つ事が出来ないあの父が相手を引き離せないでいた。


 これ以上は無理だ!

 アルカは静かにその場を後ずさり、台所へ駆け込んだ。
 たった今用意したばかりのお茶を元通りに戻し、さも最初から自分はいなかったように見せ、家を抜け出す。
 とてもじゃないが、再びベッドに戻る気にもなれず、一人暮らしをしている知り合いの所に行き、今目にしたものを追い払いたくなったのだ。

 物凄いものを見てしまった。こ、ここは何も見なかった振りをするのが一番。
 しかし思い出すまいとしても、先ほどの事が目に焼き付き離れない。
 それほど強烈だったのだ。
 アルカは自分の父親でもあるが、ある種マインを偶像視している。
 それに母との仲も良かった、アルカと妹のジエンが呆れるくらいに。
 よりにもよって、あんな光景を目にしてしまうとは。


 見たのが妹じゃなく、俺でよかった。
 と、ここだけは安堵する。
 どこの家庭も年頃の娘と父親の関係は微妙である。
 にしても苦労するのも、どこの家庭も長男長女の定めか。

別名「息子は見た!」編です。
(2010.4.18)