第一章 第一話 5

「とりあえず家で待っててくれ、なるべく早く片付けてくるから。
 なんだったら俺の部屋で寝ててもいいぞ」
 と、ちょうど着いたマインの家の中に押し込められる。
 まだ早朝のため子供達は起きていない、娘の方は友達の家に泊まりに行っていたのでそもそも家に居ないのだが。

「その立て込んだ用とは何だ?」
 軽く導火線に触れている事に気づかないマインにアルセンは詰め寄る。
「あー、まあちょっとな」
 この時どうせ話すのだからさっさと話しておけばよかったと、マインは後で後悔する事になる。

「よっぽどの用事なんだろうな」
 何故これほどしつこく聞いてくるのか分からないマインは疑問に思いながらもようやく話し出す。
「まあちょっと、長の娘達が攫われちまって」
「ほう、確かによっぽどの事情には違いないな」
 と口で言いながら、一度言い淀むほどではないだろうと言外に言っている。
 そもそも最初にアルセンが尋ねた家はセーダルの長の家で、それこそ長の娘の救出作戦を練っていたのだ。
 なのでその途中で抜け出す形になったマインは、どうしてもそちらの方が気になる。

 マインはそれなりに人生経験を積んだ大人なので、待ってくれる友人よりも攫われた少女を救う方が先だと正しき判断をしているのだが、二十年分の空白を今から埋めてやろうと思っているアルセンには怒りのボルテージを上げる作用しか起こせなかった。
 しかしこちらも人生経験はマインの何倍も積んでいる、確かによっぽどの事情だとは思ったのでまだ気持ちを何とか抑えつけてはいたのだが。

「相手は手をこまねくほどの人数なのか?」
「いや、一人戻ってきた奴の話じゃあ相手は五人。
 人数的には大したことないんだが、その中にトーメルクの貴族がいるらしくてな、シャージの奴が・・・・・・シャージってのは王都から派遣されてる文官だなんだけどな、そいつが事を荒立てるなとうるさくて」
「ふん」
 アルセンは知っている限りのこの国の近況を思い出してみる。
 と言っても旅をするのに必要な程度の知識しかないのでそれほど詳しくはないが。

 トーメルクはエルンの東に位置し、その向こうは海となる。
 エルンは横に長い国土を持っており、トーメルクはその東から北部にかけて隣接しておりセーダルはそのトーメルクとの東の国境付近にある。
「トーメルクとは三年前の衝突でぶつかった相手だしな、まあそん時は北の方だったんだが。
 とにかく関係は微妙なんだよ」
「だが助けないわけにはいかないのだろう?」
「そりゃあそうなんだが、その貴族を傷つけるなとガミガミ言われて、戦闘になったらそこまで保証できないって言い返して、どちらにしろ救出には行かないといけないと言う所には落ち着きかけたんだが」
 アルセンも事情は納得した。
 しかしその貴族も馬鹿な事をするものだ。下手をして国交問題になったらどうするのか。

 ひょっとしてそれを狙って? 何のために。

 と、素人でも簡単に推察できるからこそ、その文官も警戒しているのだろう。
 だが五人程度ならそれほど恐れる事もない。
 それならばさっさと終わらせるまでだ。


「俺も手伝おう」
 アルセンは腰の剣に手をやる。
 流麗なその容姿には似合わない無骨な飾り気のない大剣。
「まだそんな大剣を使ってたのか?」
 マインの目にも違和感を与える、昔共に旅をした頃の姿ならば何の違和感もないのだが。
「似合わないとはよく言われるがな、だが使い慣れている方がいい」
 そのあたりアルセンは男だった。
 女でいる事もあったが、男でいる方が多く、したがって根底は男に偏っており、アルセンはその姿であの戦い方をしたら百年の恋も冷めるような豪快な戦い方を好んでいた。
 マインも少年の頃はアルセンに剣を教えてもらったので、その腕はよく知っているのだが、今はアルセンのその線の細さに目が行く。
「あー、それはありがたいが・・・・・・大丈夫なのか? その体で。
 どうにも折れそうな気がして」
 以前の大柄な体型のアルセンのイメージが強いのでマインはそう思うが、今の姿でも別に折れそうな程細いわけではない。
 それにマインもアルセン自身に何も関係ない事件なので気を使って言っているのだが、ことごとく自分の言動を否定するマインにとうとうアルセンは切れた。

「大丈夫だから言っているに決まっているだろう」
 美しい容姿に不釣り合いな笑みを口元に浮かべる。
 そのギャップの差はマインにも恐怖を覚えさせた。
「そうか、そんなにこの体が不満か?
 マイン、お前が俺に望む姿はあの二十年前の姿なんだな」
 じりじりとにじり寄ってくるアルセンにマインは不吉な予感が脳裏をかすめる。それが何かは分からなかったが。
「そ、そりゃあ俺にとってお前の姿はあの時の姿だし、あの時の方がお前らしいというか・・・・・・って、おい何だ?」
「そうだな、確かに戦うならばあの姿の方が合っている、認める。
 マイン、まだ俺が異氏の一族だと実感出来ないのだろう? 折角だ、その一族の所以を見せてやろう」
 そう言ってアルセンは今の自分より上背のあるマインの顔をがっちり固定した。

「ゆ、所以? おい、ちょっと待て。
 アルセン!」
「俺がお前に会いに来た理由、それは・・・・・・」
「はぁあ?」
「メーネと賭けていたんだ。自分が先に死んだらお前を俺に譲ると」
「な、なんだそりゃ!? ちょ、待て待て待て。おい、アルセン!」
 近づいてくる顔から必死で自分の顔を背けようとするが、混乱する分マインは逃げ遅れた。


 唇を合わせた瞬間、アルセンは自分の中の意思をカチリと動かした。

やっと少しはBL(少年じゃないけど)らしくなってきたでしょうか?
実は私が書いた小説で、初めて書いたキスシーンがこれだったりします(笑)
(2010.4.13)