「それでマイン。
最初の話だが、メーネが死んだというのは本当か?」
長い道のりだった。ふと、アルセンはこの話題を持ち出されたくないからマインは話を引き延ばしていたのではないかと思う。
そしてそれは三割方合っている。残りは本当にアルセンが誰か分からなかったからだが。
「ああ、死んだ。病気だった。あのメーネがだぜ? 病気なんてなぁ、信じられるか?」
信じられるわけがない。
若さと強さと逞しさに溢れたメーネ。
病など避けて通りそうな、そんな女だった。
あの豪快な笑いで病を払いのけられなかったのか。
笑ってはいるが、その下には深い悲しみがあるマインの顔。
アルセンはメーネが死んだと聞かされても今一つ実感が湧かない。
それほどに健康に満ち溢れた人物だったのだ、だからこそあの時の約束は果たされるはずだったし、賭けはアルセンが勝つ日など来ないはずだったのだ。
メーネの死を悲しむ前に、彼女に対しての怒りがこみ上げてくる。
あの時自分がマインの前から去ったのは何だったのか? メーネならマインと同等の寿命しかなくとも、マインが死ぬ時までそばに居続ける事が出来るだろう。
そう思ったからこそ未練を断ち切ったのだ。
自分ならメーネ以上にマインより先に死ぬことはまずなく、実は寂しがり屋のこの男の最後まで付き合う事が出来る。
破られるはずがないと思われた約束、本当になるはずがなかったあの時の賭け、今の現実に行き場のない理不尽なメーネに対する怒りを、年齢だけは重ねた男は抑えきれなかった。
マインを手に入れたら最後まで手に入れ続けないか!
しかしもうこの怒りをぶつける相手はいない。
愛する男を残して死んでしまったのだ。
無念だったろう、死んだ事への怒りは消えないが、同時にその悔しさも分かる。
それなのにマインはあっさりとこう言ったのだ。
「どこかでメーネが死んだ事を聞いてわざわざ訪ねてきてくれたのか? 悪いな。
本当なら色々積もる話もあるんだが、今はちょっと立て込んでてな」
立て込んでいる? メーネの事以上に何があると言うのか? マインがどれほどメーネを愛していたか知っている、今だって変わっていないはずだ。
しかも今目の前に居るのは二十年ぶりに再会した友人なのだ。
自分は決してマインの中で小さな存在でない事は断言できる、それを置いてまでの用などあるようには思えなかった。
実はマインはアルセンだからこそ甘えているのだが。
そうでなければ、親しかった友人とは言え、二十年振りに会った人物にここまで警戒心を解かない。
(2010.4.8)