表に出て、多少明るい空の下こちらを睨み続ける相手を見ても、誰か思い出せないマインは多少の愛想笑いと共にとりあえず謝る。
「え~、すまん。俺の知り合いのようだけど、どちらさんだっけ?」
ピクリと相手の眉が動く、ただ火に油を注いでいるだけのようだ。
実はマインはちゃんと記憶に引っ掛かる何かがあったが、これは説明しないアルセンに非があった。
現状を打開しようと二十歳そこそこに見える青年に向かって、マインは言葉を濁しながら尋ねる。
「その、何となく昔の知り合いの面影があるような・・・・・・ないような」
と尻すぼみになるが、この青年の月色の髪、これには覚えがあったのだ。
しかしそれは二十年も前の話である。
だが青年の顔の強張りが少し解けるのが分かり、違った場合の為あえて名前は伏せ、とりあえず引っ掛かった記憶と現実的な話を結びつけ再び尋ねてみた。
「あー、何十年も前の知り合いなんだが、あいつの息子・・・・・・かな?」
「マイン」
直ぐに自分を思い出してくれない事に多少拗ねてしまったが、完全に忘れられていたわけではない事にアルセンの顔が歓喜に変わる。
正解だったかとマインはようやく合点がいくが、実は相手は息子でもなんでもなくアルセン本人である。
「マイン。マイン、私です。歳は取っていませんがアルセン本人です」
やっとアルセンが誤解を解く、最初から名乗っていればこんな面倒な回り道をしなくてもよかったのだが。
しかし本人だと名乗られても、マインにはピンとこない。
「?」
どういう事だろうと首を傾げる姿に、思わず懐かしくなったアルセンはマインを抱きしめてしまいそうになるが、とりあえずにこりと美しい微笑を浮かべる。
しかし先日出会ったセーダルの青年と違い、マインは頬を染めたりはしなかった。
「アルセン? そりゃあ面白い冗談だ! 何だお前やっぱりあいつの息子かぁ、いや~アルセンの息子にしちゃあちょいとばかり華奢だな」
アルセンの名前が出てきた事で、二十年会っていない旧友の懐かしさがこみ上げてきたのか、マインの口調が軽くなる。
「あいつは元気か? もう二十年くらい会ってないか。俺より年上だからもういい年だろうなぁ」
「マイン・・・・・・」
美しく微笑んだ口元が引き攣る。
「マイン、あなた私の話を聞いてませんね。
わ・た・し・がアルセンです。
アルセン本人です!」
「・・・・・・・・・・・・へ?」
一瞬殴ってやろうかと思ったが、アルセンはぐっとこらえる。
別にわざわざここまでどつきあいをしに来たわけではないのだ。
「昔にちらっと言ったでしょう。私は異氏の一族ですよ」
マインの顔が引き締まった。
「異氏の? ・・・・・・そういえばそんなはな・・・・・・し・・・・・・」
内心重要な話だろうが! とアルセンは突っ込んだが、真剣に話さなかったのは自分である。
「異氏、異氏って言ったらあれだろ?」
マインは自分が持っている知識を総動員して思い出す。
確かとんでもなく寿命が長くて、伴侶によって姿形・性別を変えるという・・・・・・長寿!?
マインの中でカチリと符号が合う。
「げ! マジかよ!?」
やっぱり聞き流していたなこいつ、と思いながらアルセンは何とかまだ笑顔を張り付けている。
「って、本当にアルセンか? どうしたんだその体、ずいぶん小さくなって」
だから異氏の一族だと言ってるだろうが、とそろそろアルセンの笑顔も限界に来た。
しかしマインにとってアルセンは目の前の華奢な美少年かと見紛う青年ではなく、顔の美しさは同じく飛び抜けていたが、がっしりとした体格で無口で無愛想な男なのだ。
相手をアルセンだと認識した途端に、その差に寒気が走る。
「しばらく一緒に旅をした女性の好みがこれだったんです。あなたと旅をした頃の姿より若干細身の男性がね。
基本はあの時とそれほど変わらないでしょう? 何もそこまで気味悪がらなくても」
アルセンも以前の体格を自覚しているので、何とかおぞましいものでも見るような視線に耐えるが、マインは容赦しなかった。
「そうか、分かった。
その話し方だ! 私ってなんだよ私って」
言葉遣いは確かに人の印象を変える、ましてや昔のアルセンの一人称は俺だった。
「今の体に昔の話し方では異和感を与えるでしょう」
だんだんバカバカしくなってきたアルセンは怒りを通り越しため息をついた。
「いいや、俺には今の話し方の方が異和感を感じるぞ、断固反対だ!」
いい加減アルセンも不毛な会話に飽きてきて軌道修正に乗り出す。
「分かった、話し方を戻す。
これでいいんだろう」
その口調はマインには安堵を与えるが、他の者にはひどい異和感を与える。幸い他に人はいなかったが。
(2010.4.5)