第一章 第四話 3

 マイン達が長の家へ辿り着くと、カーダルやエンリ達、そしてグリスを連れたロウド、それぞれの地区の代表者と、緊急事態に収集される者達が集まってきていた。
 まだグリスの顔は晴れないが、この緊急時に一人背を向ける男ではない。それを分かっていても、マインはその姿に安堵する。

 まだ事態が飲み込めない者が多数だったが、それでも一同はすぐさま逃走先の議論に入る。
 それは決して長い時間ではない。この辺りの道は知り尽くしているのだ。とにかく敵を撒く事に重点が置かれる。他の町を頼ったはいいが、敵も連れてきましたでは笑い話にしかならない。
 どこに逃げたか分からないよう馬で逃げる。それ自体は難しくないが、その時間を稼ぐにはトーメルクの軍は近づきすぎていた。

 はっきり言うと、逃走ルートはすでに決まっていたのだ。問題は、いくら元遊牧の民とはいえ、今は違う。昔なら今頃この町を後にしていただろう。
 だが定住してしまった以上、どうしても執着してしまう物がある。お金がなければ物が買えない。昔使っていたテントはしまいこんである。思い出の品を持っていきたい。
 そう思うのは仕方ない事だ。マイン達ですら、ジエンに持ち出す物を指示している。
 いくら馬術の腕に長けていても、目視されながら逃走する危険は冒したくない。

 しかし民族性が薄れていく様を嘆いている場合ではない。セーダルの民を守らなければならないのだ。たとえ以前と比べて動きが遅くとも、都の人間に比べれば天と地ほどの差があるのだ。それは一人遅れて来たシャージを見れば分かる。だからこそ交渉ではなく逃走を選んだのだが。
 長は老人子供たちを安全に逃がせる方法を選択した。要するに囮を使おうというのである。


 それさえ決まれば、どの方向へ逃げるかの指示の笛を吹かせた。誰一人残すことなく町から追い出す。一人で馬に乗れないものは誰かが共に乗せ、馬の揺れに耐えられないものは馬車へと急かす。
 そして更に腕に覚えのある者を集めさせた。ただ囮になるのにも、ある一定の人数がいなければトーメルクも囮の方を追ってはきまい。

 予想したより時間がかかった。やはりみな定住に慣れてしまっていたのだ。人生の大半を遊牧民として過ごした者も、今ある家は自らが働き築きあげてきた財産なのだ。それでも全員の逃走には成功した。

 マインの下にはジエンと途中で合流したのだろうエスナが馬を引いてきていた。ちょうどいいとばかりにシャージの護衛を二人に頼む。
 シャージ自身は責任者として長とともに行動すると主張したのだが、馬に不慣れなシャージがいても邪魔だと一蹴された。立場的には反論しても良いのだが、事務処理でない事に自分が出しゃばっても役に立たない事は分かっているので、必要最低限の書類だけを抱えて馬にしがみつく。


 エスナはアルカに視線を注ぐが、アルカはそれに気づきもしない。自分も残りたい気持ちが湧きあがるが、いざという時、シャージとジエンだけでは心配である。
 自分を見ないなどいつもの事だが、剣を帯びている時に疎外感を受けるのは辛かった。だが今は緊急の時である、ジエンに促されシャージと共に先を行くセーダルの民を追った。

(2012.7.22)