笛の音にマインはただちに行動を起こした。部屋を飛び出した時には、アルセンも剣を手に飛び出してきている。
二十年前ならこのまま二人で家を後にするが、今のマインには守るべきものがあった。二人に僅かに遅れてこちらも剣を手にしたアルカ、ジエンもやってくる。
「父さん、トーメルクが攻めて来たって・・・・・・」
笛の音が東の国を示していたので、トーメルクが襲って来た事は理解していたが、この中で一人理由の分からないジエンが不安を口にする。
「いいから、とにかくここから逃げる準備だ」
アルカが冷静に妹に助言する。その冷静な様子にマインはアルカを振り返る。
「・・・・・・ミアから聞いた」
「そうか」
あまり他言にすべきではないとミアに忠告したいが、今は逆にアルカが知っているなら好都合だ。
「とにかく馬の準備をしてみんなと一緒に逃げろ。相手は軍らしいからな。準備もせずに迎え撃つのは自殺行為だ」
「う、うん。分かった」
「アルカ、ジエンを頼むぞ」
しかしアルカは厩へと向かったジエンを追わない。
「どうした?」
「父さんは?」
「俺は長の所へ行って来る。おそらくもう一度退避の方向の笛が鳴るはずだ。さあ、急げ」
「俺も行く」
「・・・・・・は?」
意外な息子の言葉に、マインが目を丸くする。
「何か手伝う事も、あるだろ」
マインは心底驚いた。戦乱と無縁ではなかったので、長ハンデル以下非常時の役割を振られている者がいる。マインはもとよりエンリ、カーダルを含めセーダルの盾となるのだが。
本来ならアルカもその一因となるはずだったが、剣から遠ざかってしまったためその役は振られなかった。アルカ自身も望まないだろうと思っていたのに、どうして急に?
「ジエンと一緒にいてくれ」
マインは拒否した。わざわざ危険になるかもしれない事に、息子を付きあわせたくはない。
「連れて行ってくれ」
「だから」
「一緒に行く」
「アルカ?」
面白いな、とアルセンは時折合うアルカの視線を受けながら思う。何やらマインと同行することに固執しているのは自分のせいらしい。
マインもアルセンも無意識なのだが、全く関係のないアルセンをマインは同行させようとしていた。マインはまだその事に気付かなかったが、アルセンは気づく。
「父さん、連れて行ってくれ」
「マイン、いつまで問答している」
「アルセン」
確かにいつまでも押し問答している時間もない。
マインは月明かりに見えるアルカの手を見た。剣から遠ざかっているが、決して捨てたわけではないのが、暗い中でもわかる。いざという時自分の身くらい守れるだろう。
「ジエン! ジエン!!」
「何ー?」
「父さんたちは長の家に行く。アルカも来るから後で馬を届けてくれ」
その言葉にアルカの硬直がほぐれる。最近あまり父とまともに会話をしていなかったので、真面目な話をするのに緊張していたのだ。
「お兄ちゃんも?」
一度戻ってきたジエンが、目を丸くする。しかしすぐにその表情を隠す。兄が何か決意をしたのだ。ここは笑って送り出すべきだと。
「分かった、いってらっしゃい」
「ああ、頼む」
「行ってくる」
一人で大丈夫か? とは聞かれない。父も兄も、自分なら大丈夫だと信じているのだ。だから少女は、笑って男達を見送った。
(2012.6.17)