第一章 第四話 1

 怒涛のごとき再会だったが、マインはアルセンとの再会を心から喜んでいた。たとえそれに告白されるというおまけがついていたとしても。
 それを完璧に拒否してアルセンを失うのはマインにとっては耐えがたい苦痛だった。あのアルセンとの十年もの旅は、数十年の寿命しか持たないマインにとって、アルセンより深く心に刻み込まれている。

 アルセンはマインの決して長くはない、残りの時間を全て手に入れると決めていた。マインの複雑な気持ちも分かる。だが、もはやメーネはいない。彼女以外の誰にマインを譲れよう。
 焦りはしない、マインの寿命が短くとも。むしろ異氏の一族たる所以を見せてやると、この平穏な時を共に生きる幻想に心を馳せた。


 しかし幾人かが抱いていた不安が、予想より早く的中する。

 今この時は平穏でも、決してエルンは戦争と縁遠い国ではなかった。
 エルンの北方だったので参戦していないとはいえ、三年前のエルンとトーメルクの小競り合いもまだ彼らに生々しい記憶として残っている。
 それでも三年というのは、多少の油断を生むにも短くはない時間だろう。
 だが、ハンデルの命で強化するよう伝えられている見張りは、自らの役目を怠りはしなかった。
 闇夜の草原を行く複数の足音と馬の蹄の音、それははっきりと聞こえた。
 ミアの一件を知らない見張りは何事だろうと、場首をめぐらす。元々夜目が利くセーダルの民、その若者は暗闇に翻る旗をしっかりと見てとる事が出来た。
「トーメルク!?」
 その進軍は真っすぐセーダルを目指している。その理由は分からないが、完全な武装状態のト-メルクの状況が若者を走らせた。
 元来遊牧の民、巧みな馬術でトーメルクの先行隊に気づかれる事なく草原を駆け抜ける。そして数年吹かれる事のなかった緊急の笛を風上より吹き鳴らした。

 低いが、よく通る音が風に乗り町を駆け巡る。元々定住地を持たなかったセーダルの民、他の部族にも言える事だが遠くの仲間に知らせるための笛での伝達力に優れていた。
 その音にすぐさま呼応する笛が聞こえてくる。何しろ吹き鳴らされた音色は緊急、敵襲に備えよとの意味をする音色だったのだ。
 町を覆う程の笛が吹き鳴らされる、最初の笛から徐々に町の隅まで笛が繋がり、やがて少し音の高さを変え、了承の音色に変わり、そして音が止む。
 その間に見張りの若者は長の家へと向かい状況を伝えていた。
 笛の音ですでに目を覚ましていた長ハンデルは、予想していた一つの事態とはいえ、トーメルクの進軍の早さに驚く。セーダルに向かっているわけではないなどと考えはしない。
 しかしあれからまだ三日しか経っていないのだ。距離を考えれば明らかに事件直後にこちらへ向かっている。
 だが間違いなく名目はあの貴族絡みだろう。勿論誤解なのだが、もはや事実で説き伏せ、進軍を中止するよう求めている状況ではない。
 セーダルの長は、こちらに何の迎撃の準備もない今、すぐさまこの町を離れるよう再度笛を鳴らす事を命じた。


 まず最初の笛で退去の命令がなされ、その後にどの国が迫っているかが知らされた。多くの者は何故? という疑問を持つが、わずかながらその理由を知っている者達がいた。
 ミアを救出に向かったマイン、アルセン、エンリ、カーダル、ロウド、ホン、そしてグリス、シャージ、攫われたミアとカラ。更に思いがけず誘拐の件を知ってしまったアルカである。
 しかし彼らもトーメルクが攻めてきた理由は分かっても、何故こんなに早く? という疑問を持った。年長者達が思い至ったのは、やはり仕組まれていたか。という事だったが。

 攻撃の為の布石。
 あの貴族は捨て駒だったのだ。

 決して自分達の対処が遅かったとは思わないが、それでも後悔が走った。

(2012.4.27)