一方アルセンの方は、マインが再び長ハンデルの家に詰めているので、替わりに娘のジエンを構いながら町を眺めていた。
僅か十数年の歴史しかない町は新しい。まだまだ発展途中の活気が町を包んでいる。遊牧民であったセーダルがこれを築くためにセーダルだけではなくエルンで多くの血が流されたのだろう。
視線を横にやると、メーネ程のパワフルさはないが、ちょこちょこと細かく動く少女特有の動きをするジエンが母親のメーネの縮小版のようで、その一挙一足が長い時を生きるアルセンには微笑ましく、可愛い。人目さえなければ抱きしめたいくらいに。
それほどアルセンの中でメーネの印象は強烈だった。
健康的な若さに溢れ、その中に混在する、強さ、そして大人の女の顔。
ジエンにはまだまだ足りない所も多いが、見れば分かるその母似の容姿に、将来の姿が否が応でも想像出来る。
そっと背に手をやり、見守る姿はアルセンにとっては父親の心境だったが、ジエンは恋人の様で気分が良かった。
ジエンは知らないが、昨日マインが再会した直後のアルセンの方が華やかさがあったのだが、それでも誰もが振り返る容姿には違いない。その系統が違うのだ。
ジエンも十分可愛いが、今はアルセンを連れている事で羨望の眼差しが追加され、とてもいい気分だった。
その様子もアルセンにとっては可愛らしい。
子供でもできたら見においで、というメーネの言葉。
こんな子供達がいるなら、一度は見に来てもよかったかとしみじみ思う。
もしメーネが自分を選んでいたら自分達の間にアルカやメーネのような子供が生まれていただろうか?
もし自分が最初から女でいたらなら、マインとの間に二人の様な子を産んでいただろうか?
だがそんな事はありえなかった。自分がマインを諦めたからこそ出会えたのだ。
子供達を見ていると、幸せに育てられた事が分かる。それはマインとメーネだからこそ、成し得た結果だろう。
それでもそんな家族からマインを奪いたいという欲求は消え去る事はない。
全てを壊して手に入れるという誘惑、想像しただけでアルセンの闇の部分が刺激を受ける。それほどアルセンはマインが欲しいのだ。
一度再会してしまえばもう抑えることなど出来はしない。
幾百という歳月を生きてきているが、そういう意味での欲求は失う事がなかった。
それだけマインの存在が大きいという事もあるのだろう。
特に昨夜の出来事は衝撃的だった。
あのように自分を否定した人間は初めてだったのだ。
「アルセン、どうしたの?」
呼び捨てでいいと言ったので、ジエンが遠慮なく呼んでくる。
折角若い少女と歩いているのに、父親の事に気を取られていたアルセンはもったいないと思い直す。
「あぁ、すまない」
素直な謝罪で気がすんだのか、元々咎める気もなかったのかジエンは何も気にしない。
訪れるはずのなかったマインとの再会。
メーネさえ死ななければ、マインの死すら時と共に過ぎるはずだったのだ。
自分に比べて遥かに寿命が短いマイン。
その残り全てが欲しい。
欲を言えばアルカやジエンすら欲しいのだ、マインの血を引くのならば。
兄のアルカは何か自分に含む所があるのが伺えるが、ジエンは自分に屈託のない笑顔を向けてくれる。
メーネによくにたその笑顔を面白い、と思う。
それにアルカ・・・・・・自分の名前を二つも含むマインの息子。
それにはマインの中の自分の大きさを感じ取ることができ、こそばゆい快感が走り抜ける。
今度はアルカともこうして歩いてみようとアルセンは密かに心に決めた。
だが、それが叶えられるにはしばらく時間がかかるのだが。
アルセンはふと見つけた焼き菓子に目をとめる。
それをジエンに差し出すと、本当にメーネの様に明るく微笑んだ。
―続く―
(2012.3.15)