盲点だった、とエスナは思った。
セーダルの一族の歴史の編纂を行うイズラートの元で、手を動かしながらも、ついつい考えてしまう。
アルカは父親のマインに比べ地味だ。
それは父親が派手すぎるからなのだが、おかげで他の女達の中でもアルカはそれほど注目されていなかった。なので今までこれといったライバルがいないかったのだ。
自分とアルカの関係は微妙で、なし崩しの関係がそのまま続いているだけというもの。
まさか年下の少女がアルカに気付くなんて。
と、そこでエスナは少し冷静になろうと自分を落ちつける。
自分が何不自由ない貴族の家を捨ててここに来たのは、こんな悩みを持つためではなかった。
七年の歳月は、ナイフとフォークしか持った事のない少女を、剣と力を持つ女へと変えるに十分だった。
もう自分にあの少女に勝つ可憐さはない。
生まれが生まれなだけに、今は化粧もせず剣術に打ち込む自分を変わった女だとエスナは正しく理解している。
昔の自分は家を出たあの時捨てた。
それなのに、悔しいと思ってしまった。
「エスナさん、どうしました?」
さすがに様子のおかしいエスナに気づき、イズラートが声をかける。
「え? いえ、すみません」
この仕事もアルカを追ってのことだったが、だからといって手を抜くのは己が許せない。
らしくない考え、馬鹿だなと思う。
いつもならすぐに気持ちを切り替えるエスナが再び考え込む様子に、よほどの事だろうとイズラートもそれ以上は追及しない。
おそらくアルカの事だろうとも思う。エスナの近くにいる分、おだやかな外見に比べ人並の恋愛の感の良さは持っているので、ピンとくる。
どう見てもエスナはアルカに惚れている。
これほどの女性に思われて、アルカは何とも思わないのか? エスナの気持ちにさえ気付かなかったら自分がエスナを求めていただろう。
実はアルカはエスナに手は出しているのだが、さすがにイズラートもそこまでは分からない。
「遅れてすみません」
その時やっとアルカがやってきた。遅れるとの報告はエスナより聞いているので、イズラートも責めはしない。
二人とも仕事はきっちりと仕上げる方なので、多少の事には目くじらを立てる事もないとイズラートは考えている。
「早かったな」
先程の考えを恥じて、エスナは目を合わさず、それでもアルカに声をかける。
「あぁ・・・・・・」
昨日今日といい、エスナには迷惑のかけっぱなしだという自覚がアルカにはある。
ここはさすがに何か夕飯でもおごるか? と男してはありきたりな事を思う。
アルカは八方美人ではないので、それほど周りの人間すべてに好かれたいとは思わないが、エスナは少なくともその対象外にはいた。無論付随するべきものがあると言うのが大半の理由を占めるのだが。
面倒な関係だとは思うが、きっかけを作ったのは自分なので、多少の引け目もない事はない。
今の二人の関係は小康状態が続いているので、そういう提案も考えに浮かぶが、少し前までは夜以外に二人きりになることすら避けていた。
こじれた関係というのは、若い二人にとってなかなか修復しがたいものであった。
(2012.2.22)