第一章 第三話 7

 話し終えた後も、ミアの涙は止まらない。
 いつの間にか胸で泣かせていた。それは女として意識したのではなく、ただ幼い少女を守ってやろうというアルカの無意識の行動だったのだが。

 どれだけこの告白にミアは勇気がいっただろう。妹とは友達と呼べなくもないが、たいして親しくもない自分に吐き出すほど辛かったのだ。

 ミアも大変な結果を引き起こしてしまったと認識はしている。だが、実際その心は友達のカラを巻き込んでしまった。きっと嫌われたに違いない。そんな少女らしい悩みで一杯だったのだ。
 それはアルカにも察する事ができ、気が強いジエンに比べ、あぁ子供だなぁ。かわいいなぁ。と、ジエンにこんな所があったらなとアルカは抱きしめる腕に力を込める。その腕の中でミアが頬を染めているとは知らずに。


 事件の裏に嫌な感じを覚えるが、まずはミアの一番の悩みを取り去るべきだろうと気持ちを切り替えアルカは声をかける。
「ミア、一体何を不安に思うんだ?」
「だって、絶対に嫌われたのよ! 家に行っても会ってくれないし、あたしになんかもう会いたくないのよ!」
「それは、本当に家に居なかったかもしれないだろう?」
 実際その通りだったのだが、悲壮感に苛まれている少女は納得しない。
「ミア、落ち着いてよく考えるんだ。今は後悔でいっぱいで、悪い方に考えてしまうだけなんだ。何なら俺ともう一度カラの家に行くか?」
 ミアはびっくりした。アルカがそこまでしてくれるとは思っていなかったのだ。
 長男のアルカは、こういう時にはしっかりしなければ、という無意識なすり込みが入っている。
 一人っ子のミアには、それがとても強く見え、とても頼もしく感じた。
「アルカ・・・・・・さん」
 ミアの顔が変わる。
「アルカでいい。少しは落ち着いたか? もう冷静に考えられるか?」
「は、はい! ありがとうございます」
「礼なんていらない。悩みなんて、話せる相手がいれば大概何とかなる」
 かなり大雑把な慰めだが、少女には最上級の慰めに聞こえた。
 年上の男性に憧れる辺り、ミアとカラは似ている。

 だが残念な事に、シャージに恋人はいないが、アルカは恋人とは呼べないが相手がいた。
 それを知らないミアは、父親のマイン程ではないにしろ、よく見たら知的な整った容姿を持つアルカへの恋心を妨げるものはなかった。どちらかというと、アルカは外見に反して体力派なのだが。
「そうだよね、あたしもう一度行ってくる! 本当に留守だったんだよ。
 うん、こんなマイナス思考、あたしらしくない!!」
 ミア本来の明るさが戻ったとアルカはほっとするが、自分が少女にどれだけ影響を与えたか気付いていない。自分を見る目が昨日までと違うのだが、妹と変わらない年のミアは、アルカにとっては妹のようにかわいい、という領域を出なかった。
 そう思われているとは知らないミアは、どうしてもっと早くアルカという人物に気づかなかったのだろうと舞い上がっている。

 こんなに自分に優しくしてくれて、抱きしめてくれて、実際それほど歳は変わらないのに周りの男友達とは違う大人のアルカ。
 アルカと接する機会が少なかったのが悔やまれる。

 そこへ、ドアのノックが聞こえてきた。
 ミアはびっくりして誰だろうと首を傾げるが、アルカの方は予想がつく。
 仕事に来ない事を心配してあいつが訪ねて来たのだ。


「開いている」
 こんな重大な話だとは思わなかったので、鍵はかけていなかった。今思うと少し不用心だったかとアルカは自分の迂闊さを恥じる。
「アルカ、何かあっ・・・・・・」
 躊躇う事無く入ってきたのは金髪碧眼の美女だった。
 親しくはないが、ミアもよく知っている女性、エスナ。
 貴族の身分を捨てて、身一つでマインの押しかけ弟子になったのだ。
 その女性が微妙な顔をしている、アルカはまだミアを抱きしめたままだった。
 その事を別に気にしないのか、アルカは平然としている。
「悪い、ちょっと事情があって遅れる。
 ・・・・・・いや、俺と行くより女のエスナとの方がいいか?」
 と、ミアを置いてアルカはエスナと話し始めようとする。
「ア、アルカ!」
 慌ててアルカの袖を引っ張ると、さっきの話を広げてほしくないのだと勘違いしたアルカは思い直す。
「そうだな、ややこしくなるか。エスナ、やっぱりイズラートにもう少し遅れると伝えてくれ」
 確かに言って欲しくないのも確かだが、ミアはアルカと一緒に行きたかったのだ。
「何だ? 秘密の話か? 私が必要なら協力するが」
 アルカとミア、二人の間に何かがあったのを察したエスナは軽く牽制する。
 全く女の戦いに興味のないアルカはミアの望むようにしてやろうと「何でもない」と軽くエスナをあしらった。
 アルカを多少なりとも理解しているエスナは、ここでごねても仕方ないと思い直し、アルカの望む行動を取る事にする。
「わかった。なるべく早くな」
「ああ・・・・・・悪いな」
 いつもはない、詫びが入った。昨日の朝の事を気にしているのかとエスナはちらりと思う。早朝に勝手にエスナの家に入り、いきなり起こしたのはさすがに悪かったと思っているのだろう。
 アルカを振り返ると、少し罰の悪そうな顔をしている。そんな顔をするくらいなら、最初からそっけない顔などしなければいいのに。エスナはため息を吐きながらマインの家を振り返りもせず後にした。
 それが少女の目には大人の余裕に見え、二人の間には何かあると感じ取っったミアは敵愾心を燃やす。
 思い切ってアルカの腕に手を回してみる、アルカは嫌がらない。
 それは妹の様に思っているからだったが、ミアはまだまだ負けない! 勝負はこれからと気合いをこめた。



 結局アルカと共にカラの家へ行っても、本当に出かけているのが分かっただけだったが、さすがにこれ以上アルカを付き合わすのも悪いと思い、ミアは惜しんで惜しんで感謝を告げアルカを見送った。
 このままずっとカラを待つつもりでいた。
 勿論当初の目的通り謝りたいというのが一番だが、今のアルカとの出会いを話したくて仕方がなかったのだ。

(2012.2.19)