第一章 第三話 3

 食事も終わり、ジエンからごゆっくりと居間に残されたマインとアルセン。
 ジエンはきっと二人がまだ酒を飲むのだろうと思っていただけだったが、二人きりにするのに不安を覚えながらも、しかしそれを言うわけにもいかなかったアルカは早々と部屋にこもり布団を頭からかぶって外の声をシャットダウンしていた。
 まあ、正しい判断だっただろう。

 家にある酒は決して弱くはなく、だからといって強いわけでもなく、一本を二人で飲んだらほろ酔いだろうという強さの酒だった。
 ちなみにこういう場合七対三でマインの飲む方が多い。マインの方が酒に強いのでいつもの事なのだが。
 だがそのいつもの事がマインにはたまらなく懐かしい。嬉々としてアルセンに酒を注ぐ。
 その無防備さは、アルセンももう少し警戒しろよと忠告したくなるくらいで、今度の注意の為にも少しからかってやろうかとマインに身を寄せ、がしっと引き寄せる。
「だわわわわ!」
 とマインが酒を持った手で慌てる。普段はこれくらいでそこまで酔っぱらう事はないのだが、妻が死んでからの辛さを涙で流した事で緊張が解れ、普段よりも酔いが回るのが早かった。
 そこに付け込むことへの多少の後ろめたさは感じつつも、アルセンはマインの反応が面白くてやめられない。
 が、結局はこらえきれずに笑い出してしまう。

「お前なぁ!」
 酒のせいなのかどうなのか分からない真っ赤な顔でマインが怒鳴る。
「大声を出すと子供たちに聞こえるぞ」
「うっ!」
 半分酔った頭でもそれは嫌だと判断できるのか、マインがぐっと言葉を飲み込む。

「マイン、好きだ」
 そっと耳元で囁く。

 こそばゆいのかマインは耳をこすりながら逃げようとするが、そこはまだ酔いが回っていないアルセンががっちりと抑え込む。
「もういい加減、理解しただろう?」
「う、ああ」
 今朝からの二度の告白も、なんだかんだで流してしまっている。今度こそ本当にもう話を中断するものは何もない。
「マイン・・・・・・」
 アルセンは苦悩するマインに目を眇める、困惑させたいわけではないのだ。少しからかうだけだったのに、こんな反応をされるとこちらが困る。

「なあマイン。お前と別れてから二十年が経ってしまったな。
 それは俺にとっても決して短くはない時間だ。お前に会えないなら尚更だな」
「・・・・・・夕飯の時、少し前まで女と旅していたとか言ってなかったか?」
「何だ? 嫉妬か?」
「・・・・・・」
 確かに嫉妬しているような発言をしてしまった。いや、その点に関しては嫉妬しているのだ。

 少年の頃から一緒にいたアルセン、父親のようであり兄のようであり親友であった。何よりアルセンと出会ったことでマインの人生は一変したのだ。
 そのアルセンを特別だと思っても仕方がない、ただアルセンが求める特別とは違うのだ。

「彼女との時間も悪くはなった。お前とはもう会わないつもりでいたからな。
 だが二度と会わないつもりだったのに、どうしてもお前を忘れられない。マイン、お前の事に気を取られると他の何も目に入らなくなる、それが分かったから別れたんだ」
「アルセン」
 からかうだけのつもりだったが、ここまで言ってしまえばもう止まらなかった。今なら生きている、まだマインに会う事が出来ると思えばたまらなかった。マインが生きている間、一人でもいいとアルセンは思ったのだ。だが、彼女は死んでいた。
「メーネさえ生きていれば、本当にお前と会わなくてもよかったんだ。
 諦めたままでいられた。

 だがメーネは死んだ。

 メーネだからこそ俺はお前を譲ったんだ。
 俺はお前をメーネ以外に譲るつもりはない。
 俺はお前を諦めない、もう二度と・・・・・・」
 その言葉で先程までのからかいの抱擁が意味を変えてくるが、マインの中で嫌悪感が起こる事はなかった。が、次の言葉に目を丸くする。

「マイン、お前が望むなら、俺は女になる」
「・・・・・・は?」
 一瞬マインの中で酔いが醒める。アルセンは気でも狂ったのか?
「何を驚いている。俺は異氏の一族だと言っただろう?
 俺はお前が望むどんな姿にだってなれる、たとえばメーネの様な女にも」
「い、いやいやいや、ちょっと待て!」
 迫ってきた顔を精一杯腕を突っ張って逃げる。
「何を待つ必要がある? 俺が女になれば何も問題ないだろう」
「無理。
 絶対無理!」
「何が無理だ。お前の理想の女を思い浮かべればいい」
「そんな事急に言われて出来るか!」
 マインは必至である。
 当然だろう、今まで襲った事はあっても襲われた事などないのだ。もちろん役人に突き出されるほど強引に迫った事はないが。
「よせ、やめろ。
 ・・・・・・メーネは一人しかいないんだ!」

「!」

 さすがにアルセンの手が止まる。メーネの様な女とは言葉が過ぎた。
「悪い、メーネを侮辱するつもりはなかった。すまん・・・・・・」
 気まずい。夕刻と違いこの気まずさを出しているのはアルセンの方なのだ。まさか同じ方法で誤魔化す真似がマインに出来るはずもない。
 そしてアルセンは諦めないと決めていた。

「マイン、とにかく俺を女にしろ。このままじゃ話が進まん」
「だから出来るか! 冷静になれ、落ち着こう、アルセン!!」
 マインは悲鳴を上げるが、アルセンは実力行使に出た。
「本当に無理だっ・・・・・・て」
「もう、遅い」
 その言葉は唇から直接伝わってきた。マインは何とかアルセンの腕の中から逃げ出そうとするが、今度はアルセンもそうは簡単には離さない。

 そして、アルセンは今朝方と同じく、唇を合わせた瞬間自分の中の意思をカチリと動かした。

この先もう少しこういう展開が続きます。ちなみに携帯サイトの旧バージョンでは、この回は寝室でしたが、今回の書き直しでは恥ずかしくて居間にしました。
(2010.10.6)