第一章 第三話 2

「昔一緒に旅をした。君達が生まれる前の話だ。俺は見かけほど若くない」
 簡潔にアルセンは言うが、どう上に見てもアルセンは三十を越えているようには見えず、確かに雰囲気だけは歳を感じさせるものがあるが、それでもやはり父の友人には若すぎる。
 第一自分達が生まれる前なら、目の前の青年が父と旅をした時は、下手をしたら幼児の時ではないか?
「え? じゃあアルセンさんは何歳なんですか?」
 ここは少女らしくジエンがズバリと聞く。
「面倒だから数えるのをやめた」
「あははははは!」
 無口そうな男が冗談を言ったと思ったジエンは素直に爆笑するが、アルセンは本当の事を言っている。
 マインはそれが本当の事だと分かっているので沈黙しているが、息子の方はジエンと同じように笑っていられる状況になかったので、更に顔を引き攣らせながらも何とか愛想笑いを浮かべる。
 少女にしては豪快に笑うジエンに、アルセンは懐かしいものを感じた。

「君は、メーネに似ているな」
「母さんを知ってるの?」
「ああ、もう二十年も前の話だがな」
「本当に? 本当に似てる?」
「似ている、よく言われるだろう?」
「うん!」
 ジエンにとってメーネは特別で、それは母親なのだから特別には違いないのだが、豪快で強くて優しくて、そんな母に似ているというのはジエンにとって最高の褒め言葉だった。
 実際ジエンはメーネによく似ている、まだまだメーネには足りないが、メーネの縮小版の様だとマインも思っている。
 しかし、とアルセンはアルカに目をやる。
 ジエンが母親にそっくりだから、アルカはマイン似かといえばそうでもなく、メーネにも似ていない。
 豪傑の両親に比べ、アルセンは髪が長いせいもあり、見た目は大人しそうに見え、一見物静かな性格に思える。が、アルセンは知る由もないが実際はそうでもない。
 マインとメーネからはちょっと想像できなかった子供に、面白いなとアルセンは口元をゆがめる。
 見た目通りの性格ではないだろうと、隠してるに違いないその本性を知る時が楽しみだ。
 結局さすがに失礼かと思ったのか、それ以上初対面のアルセンに兄弟達は年齢の事について問い質す事は出来なかった。

 
 時間がない割にはそこそこ手の込んだ料理が出てくる。
 ジエンがアルセンのため張り切ったのだろう、マインは客人だからだと思い、それは間違っていないが、アルカの方はジエンがアルセンに惚れないものかと冷や冷やしていた。
 しかしそのアルセンの目の前で釘を刺すわけにもいかず、苦悩は頂点に達しているが、妹の方は兄の苦悩になどに気づくはずもなく客人に話しかける。
「あの、昔の母さん達の事聞かせてもらってもいいですか?」
 ここで父ではなく母、と言う所に思春期の少女の微妙な心情が現れていた。
 母親が死んでしまったので否が応にも父と話す機会が訪れるが、今は反抗期の真っ最中なのだ。客人の前なので父親とも普通に話すようにしているが、いつもなら相槌くらいしか返さない。

 決して父親のマインが嫌いなわけではない。むしろ他の父親より若々しく、そして強いマインを内心自慢にも思っていた。
 だが、それと歳と共に成長する感情は別物であり、愛した妻を失った父の辛さが痛いほど分かっても、どうしてもうっとおしいという気持ちが抑えきれないのだ。
 それでもメーネがいる事で一家はバランスが取れていたのだが、メーネ亡き今は「仕方がない」という状況だけで何とかバランスを保っていた。

「メーネか・・・・・・そうだな、メーネと初めて会ったのは・・・・・・」
 と、そこでアルセンは言葉に詰まる。どうやら笑いをこらえているようだ。
「?」
 アルカとジエンが首を傾げる。実は二人の父親と母親の出会いは、父親のマインにとっては少しばかり情けないものだったのだ。
 かっこ悪いのでマインは子供たちに話してないし、メーネの方もあの時自分も笑った後ろめたさがあるので黙っていた。
 言葉に言い淀まれると、余計に気になる。
「初めて会ったのは、何ですか?」
「た、旅の友だ! そこで出会ったんだ!!」
 本当の事を言われないかと冷や汗を流していたマインは誤魔化しにかかった、昔の情けない姿など今更話されたくはない。
 旅の友とは主に旅をする者が路銀に困った時や、急に金が必要になった者たちが利用する仕事あっせん所の事である。
「ふ~ん、本当ですか?」
 ジエンが何やら怪しさを感じてアルセンに振るが、ここは父親の威厳を保たせてやろうとアルセンは「そうだ」と答える。
 そしてそのままマインとアルセンの二人旅や、メーネを加えての三人旅の話となるが、これが面白く、勿論両親から多少は聞いていたが、他人の視点からだとまた別の面白さがあり、アルセンは口数こそ多くないが要所要所を分かりやすく話してくれた。
 二人旅の時、アルセンは何歳だったんだ? とは思うが、それ以上に気になる事が子供達にはあった。


「父さん、そんなに仲がいいのに私達アルセンさんの事、一度も聞いた事無いんだけど」
「え? そうだったか? そういえばそうだな」
 これについてはマインは無意識で話題を避けていたが、メーネは意図的に避けていた。マインは話をするのが惜しいというのが無意識の原因だったが、メーネの方はマインの中のアルセンの存在の大きさを知っていたからだ。自分よりアルセンを選ぶはずはないという確信はあったが、わざわざ自分の口から思い出させる事もないとも思っていた。

 いつの間にかアルセンの話に思わず聞き入っていたアルカは、今朝見た光景は何かの間違いではなかったかと少々逃避気味に考え始めたりもする。
 どう聞いても、二人の関係はただの旅の仲間にしか聞こえないのだ。
 だが現実逃避した所で実際は間違いでも何でもない事実の光景なのだが。
 ジエンの方は幸いあの光景を目にしていなかったので、父親にこんなにかっこいい知り合いがいてラッキーと素直に喜んでいた。
「そうか、君はメーネから剣を学んだのか」
 メーネが誇らしげに頷く。一通りめぼしい話は話しつくしたので、今度はアルセンが子供達に質問を振っていた。
 どちらかと言えば今のアルセンは無口で無愛想な部類に入るが、マインの子供なら別だ。
「メーネは強かったな、本当に」
 今でも鮮やかに思い出す事が出来る、あの逞しくそして健康的に美しさと強さを持ったメーネ。
 剣を振るう様も同じだった。
 少ししみじみとしてしまった雰囲気を変えるように、今度はアルカに話を振ってみる。
「アルカ、君も剣は使うのだろう?」
「えっ?」
 自分に振られると思っていなかったアルカは驚く。
 何故そんな質問をされたかは考えれば簡単である。体力的には劣る事もあるだろうが、まだまだ剣の腕では誰にも負けないというマインの息子であるのだ。アルセンはその全盛期の頃を知っている。その歳に近いアルカ、更に手の具合を見ればどれだけ剣を握っているかも分かる。
「アルカは強いぜ。同世代の中じゃダントツだな」
 ここは父親らしさを発揮し、マインが息子を自慢する。勿論アルカにはマインが剣を教えていた。
 メーネの剣はどちらかと言うと素早さに重点が置かれており、力のあるアルカには合わなかったのだ。
「はぁ、まあそこそこは・・・・・・」
 しかしアルカの答えはそっけない、その言葉は謙虚さからくるのではなく、それほど剣に興味がないからだ。そのあたりは親子の複雑な感情があるのだが、さすがに感情に聡くともそこまでは分かるはずもなく、アルセンは怪訝に思う。

 二人の子供のうち、外見はともかく内面がマインに似ているのはアルカの方だとアルセンは感じたのだが、思わぬ親子のすれ違いを刺激しまったようだ。
「最近は剣に興味がなくなってきたらしくてな、まあ強制するもんでもないし」
 と言いながら、父親のマインは内心はアルカに剣を続けてほしいと思っているのが分かる。
 剣を取り相対すれば人を傷つける事傷つけられる事もある、だがそれ以上に親の欲目ではなくアルカには剣の才能があると思うし、それを生かさないのは惜しいと思う。
 昔、一度そのあたりの事情を息子に聞いた事があるのだが、聞き出せなかった上に大喧嘩になってしまい結局理由も分からずじまいになっている。その前から徐々に深まっていた溝が決定的になってしまい、娘のジエンも思春期で父親に距離を置き始めているので、マインは寂しいかぎりである。

 それでもアルカが完全に剣から離れていないのは、手と体格を見れば分かるので、こんな時子供たちと近かった妻のメーネがいればなと男親はつい考えてしまう。ずっと前から自分は妻に頼っていたと思っていたが、いざ失ってみるとそれ以上に頼り切っていた事を痛感させられる。

 その父親の表情、アルセンは知らない表情だった。
 それはアルセンがいない二十年の間に築き上げられたものであり新鮮であったが、その自分の知らない表情を共に作り上げていったメーネと子供達に軽い嫉妬を覚える。
「そうか、一度手合わせをと思ったんだがな」
「あ、それなら俺が相手になるぜ!」
 沈んでいたマインの顔がパッと明るくなる。二十年前に別れた頃はまだアルセンの腕に追い付かなかったので、今はどうかと試してみたいのだ。
 しかしこれにはアルカも内心興味を示す。アルセンの腕を知りたいと純粋に思ったし、そう思う辺り剣に向いているのだが、今更素直に口にするには性格に多大の屈折が入っていた。
「あ、じゃあ私も!」
 アルカの代わりに手を上げるジエン、そう素直に言える妹が少し羨ましかった。
 しかしアルセンの相手にはジエンは軽すぎる、太刀の重さが違うのだ。
 メーネであったならそれでも対等に戦えるだろうが、ジエンではまだそこまでには達していない、そう踏んだからこそアルセンもアルカを望んだのだが。

 素直にまっすぐだが父親がうっとおしい時期の妹と、一見物静かそうに見えるがかなり内情が屈折していそうな兄、メーネを失ってからのマインは大変だっただろう。
 アルセンとて父親だけでなく母親になった事も幾度かあるので分かる。妻の存在の重さと言う物を。

マインとメーネの出会いはこちら→「メーネとの出会い
第三話のここまでは家族のほのぼの系ですが、次回から女性向け要素が出てきます。大した事はないですが、苦手な方はお気を付けください。
(2010.9.16)