竜の肉

 私は竜の肉を求めた。
 全ての病を治すという竜の肉。
 それは伝説でもおとぎ話でもない。
 竜は実在する。
 だが目にする機会も少なく、一生出会うことがないかもしれない。

 会えないかもしれない、無駄に終わるかもしれない、それでも私は諦めるわけにはいかない。
 失いたくない命、無くしたくない存在。
 それが私にはある。

 

 そのためになら、私は何も厭わない。
 どんな辛さも耐えてみせる。
 あなたを失う痛みに比べたら、何を我慢できない事があるだろう。
 死への秒読みを始めた弟のため、竜の肉を求めて数カ月。
 竜の住みかの噂は事実だった。
 竜は私の目の前にいる。
 他の動物にはない神々しい巨体。
 正に命の象徴。
「お願いします。少しだけ竜の肉を分けて下さい」
 私はその自分勝手な願いに竜を直視する事が出来ず、両目を閉じ手を合わせる。
 望むのならば手を付き、頭を下げる。
 私のプライドなどいらない。
『何故必要なのだ?』
 全方向から聞こえてくるような深い声。
 私はもう一度心を決め、真っ直ぐ竜を見つめた。
 話さないと・・・・・・そう思うけれど、言葉を失うくらい竜は美しい瞳で私を見つめる竜に、すべてを忘れてその瞳に捉われそうになる。
 それでも私が正気を保てたのは、私を待つ存在があるから。

 

「私は、私の・・・・・・」
 私の村は貧しかった。
 村すべてが貧しい。
 それでも生まれた村、皆必死で生きていた。
 必死で働けば、なんとか暮していけたのだ。
 貧しくても生きていけたのだ。
 戦争に巻き込まれるまでは。
 家は焼け、畑は踏み荒らされ、親は殺された。
 生き残った僅かの村人で、近くの村に身を寄せている。
 そこの村は私の村よりは豊かだった。
 けれど、余所者を受け入れる程余裕のある村でもなかった。
 生活は苦しかった、肩身が狭かった、必死で生きても暮らしていく事さえぎりぎりなのだ。
 それでも皆生き残った家族のため耐えた。
 生きているという事、それだけにでも感謝しなければと。
 でも弟を失うのは耐えられなかった。
 あの戦争を生き抜いたのに、病に負けるなんて。
 生きる意味を見失いそうだった。
 だから私は一縷の望みにかけた。

 

 私は必死で竜に訴えた。
 諦めなかった。
 日が落ちたような気がした。
 日が昇ったような気がした。
 時間など忘れていた。
『もう、分かった』
 その言葉を聞くまで、私は時というものを忘れていたのかもしれない。
『好きなだけ持って行くが良い』
 通じた! 私の気持ちを分かってくれたんだ!!
 私の全身を喜びと弟が助かると言う安堵が駆け巡った。
 そして私はその時を待った。
 竜の肉を手に入れる時を。
 その時、竜が大きく深呼吸した。
 小規模な嵐が私の周りを駆け巡る。
 風が収まり目を開けると、そこにはたとえ様もなく美しい麗人がいた。
 そう、あの神々しい竜のような人間。
「あなたは?」
「先程まで目の前にいただろう」
 やはり竜!!
 私は人間となり、より人の美的感覚に近づいた竜にため息を吐いた。
 男なのは分かる、それでも存在自体が別物なのだ。
 私が見惚れていると、竜は私に腕を差し出した。
「さあ」
「え・・・・・・」
 袖を捲り上げ、竜は素肌を私にさらす。
「必要なだけ取るが良い、ナイフくらいは持っているだろう?」
 竜は自らの美しい腕にナイフを入れろと言う。
「で、でも」
「必要なのだろう? 切り取れば良い」
 淡々と言うその口調が恐かった。

 私は竜の肉を手に入れるという行為自体を考えていなかったのだ。
 私はナイフも取り出せず、竜の腕を見つめた。
 目の前に弟を救う術があるというのに。
 私は人間の肉を切り取ると言う行為に怯んだ。
 私は自分の傲慢さを忘れ、せめて竜の姿だったらと怒りを覚える。
「この姿になったのは、竜の姿ではどんな刃も通さない。人の姿ならばナイフの刃が通るがらだ。それでも並の人間よりは硬いからな、引くように切り取れ」
 それを見透かしたように竜はたたみかける。
 私は竜に出会い説得できたら、竜が自ら肉を差し出してくれると思っていた。
 もしくは尻尾の先でも削らせてもらおうと。
 それがこうして人の姿になり、肉を切り取れと言われるとは。

 

 弟のためなら何でも出来ると思っていた。
 でも自分の手を血に染める事は考えていなかった。
 私は恥を覚悟で言う。
「お、願いです。どうか自分で・・・・・・」
「お前は自分の体を見も知らぬ他人のために切り取れるか?  私ならそんな事は出来ない。
 が、お前が切り取るならば我慢しようと言っている」
 私は目の前の宝を前に立ち尽くした。


-完-

とにかく「エゴ」が書きたかった。(←またまたテーマだけは一丁前)
自分は良い事をしている、誰かを救うために精一杯の行動をしている。
それは素晴らしいことだけど、あまりに盲進なのはどうか!?

という私は捻くれた考えの持ち主です。
しかし、この作品でもひどいところまでは書ききれませんでした。

昔こう言われたことがあります。

「主人公を辛い目にあわせられないとダメ」

その通りだと思います。
辛い話は書きたくないし、自分のキャラをそんな目に合わせたくない。
しかしそれだけでは単調な話になってしまいます。

だからこそ主人公の成長物は面白いのだと思います。
私はまだまだ甘いです。

出来るだけ途中まで主人公はよくあるがんばる女の子(?)にしてみました。
がんばれば努力は報われるんだ。

それを崩したかったんですよね~(←ほんとに嫌な性格ですね)

と、目指す目標はあったんですが、結局非情になりきれない中途半端な作品です。
(2009.9.1)