メーネとの出会い

 暖かい気候のせいか、露店街はがやがやと賑わっていた。大声で雑談などが交わされる中、ひときわ甲高い女の叫び声が響き渡った。

「きゃあ! 痴漢!!」

 買い物中の声には似つかわしくない叫び声に人々が一斉に振り向き、そして痴漢と言われた人物とすぐそばにいた男も振り返った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 間抜けな声を出し聞き返したのは自覚がないからか、周りの不信の目を一身に浴びてからだった。
「っ!」
 その振り返った男を見て、被害を訴えようとした女性が一瞬言葉に詰まる。
 なぜなら・・・・・・・・・・・・


「あはははは! 冤罪擦り付けようした相手が、どう見ても女に不自由しない顔だったんだろ? 最高♪」
 その場の全員に通る、腹筋が鍛えられた声が人影から響いた。
 ゆっくり歩いてくる人物は二十歳を少し過ぎた程の、どこかの民族衣装に身を包んだ女だった。
「あんた、もうちょっと相手見てから言いがかりつけなよ。
 なあそこのお兄さん」
「え? あ、ああ」
 特に女性が苦手なわけでもないが、痴漢の冤罪を押しつけられそうになった男は成り行きで頷く。
「けっ! この女に庇われる女男!! そっちの兄ちゃんはお前の男かよ!!!」
 歩が悪くなったと悟った女は、とんでもない言いがかりを残して、それなりに美人な顔をゆがませながらその場から去って行った。
 その行動だけで痴漢詐欺だと言うことは分かったのだが、周りの野次馬は女男とその男と言われた二人に視線を移し爆笑する。

「お・・・・・・・・・・・・女男」
 さすがにショックだったのか、その女男は呆然とする。人並以上の体格を持つその男は、それまでそんな事を言われた事などなかったのだろう。
「まあそんなに落ち込むなマイン。
 誰がどう見たってそんな関係に見えはしない」
 横から冷静な声で慰めが入るが、付き合いの長いマインには相手の声に笑いが含まれているのを感じ益々気分が萎える。
「そうそう兄ちゃん達、誰がどう見たってんな関係には見えないから安心しろや」
「しっかしこんな大男二人に向ってあんな事言うかぁ? 女って怖ぇ~」
 野次馬が見上げるくらいの大の男二人。
 どう見ても二人とも女性にもてそうな顔をしているのにあの女の爆弾発言、一方のものすごい落ち込みようも笑いを誘う。

 助けに入った女性も同じだったが、さすがに悪いと思ったのか何とか笑いを納める。
「ご、ごめん。
 助けに入ったつもりだったんだけど、晒し者にしちゃったみたいだね」
 謝罪が謝罪になっていないが、悪気がないのも分かるし一応助けてもらったのでマインは唸るしかない。
「ほらほらお兄さん方、いつまでもここにいたら笑いのネタにされるだけだって」
 やはり女は強い、笑い物にされる二人を連れ、囲みを突破してくれた。



「助かった」
 女男ことマインの男呼ばわりされた男が短く礼を言う、無口だということが雰囲気からも伺える。
「いやいや、でも実は無実だと言う証拠もなかったんだけどね。
 本当に言いがかりみたいでよかったわ」
「・・・・・・・・・・・・」
 男達は意味が分からず女性を見返す。
「俺が何もしてないってのを知ってたから助けてくれたんじゃないのか?」
「わたしの位置からあんた達が見えるわけないじゃない。
 でもどう見たって女の尻触るようには見えなかったし、触らせてくれる人だっていっぱいいるんじゃない?」
 助けてくれた理由は本当にそれだったのか。二人の男に疲れがどっと押し寄せる。
「あ、別に顔だけで助けたわけじゃないからね。
 ちゃんと犯罪者には見えなかったし」
 なんだかもうどうでもよくなってきたなと犯罪者にされかけたマインは思う。

「そ、そうか、まあ助かった。
 女相手じゃ扱いに困るしな」
 特にあの手の女性は。
「いいのよ、じゃあね」
「おいちょっ!」
 名前も聞く間もなくあっさりと女性は去って行った。
「え・・・・・・・・・・・・」
 マインが呆然とその後ろ姿を見送る。

「マインお前・・・・・・」
 今度こそ無口な男は爆笑する。
「アルセン何を笑ってる」
「い、いや、お前がこうもあっさり女を逃すなんて」
「へっ! 俺の男呼ばわりされた奴が何を言う」
「なんだ俺をからかってるつもりか?
 だいたいさっきのやつは俺が男だと言っただろう、女男と言われたお前が女になるぞ」
「うっ!」
 自ら振ったネタでやぶへびになってしまったマインはとっさに反撃できず、唇を噛みしめる。普段無口なのだが、二人の時は饒舌になるこの男に、マインは口で勝った試しがない。

「しかし、いい女だっだよなぁ」
 話題を変えようとマインは別の話を振る、もちろん助けてくれた方の女だ。アルセンの方も、痴漢呼ばわりされたマインをこれ以上からかうのも悪いと思ったのか、その話題に乗ってくる。
「確かにな」
 若さと健康に満ち溢れて逞しい美しさを持つ女性だった。マインの好みど真ん中だとアルセンは思ったが、自分も悪くないなと思う。
 しかし、とマインに目をやる。

 太陽のような燃える赤い髪に逞しい体格で、実は淋しがり屋のこの男。
 先に出会ったのはマイン。
 道すがらの一晩の相手なら気にしないが、マインの横は常に自分でありたい。
 自分なら淋しがり屋のマインの永遠をずっとそばで見てやれる、マインにこれ以上の相手がいるだろうか?
 アルセンはまだ誰にもマインを譲る気はなかった。
 いずれ訪れる未来、あの名前も知らない女性が自らに取って代わるとは思わない、まだマインとアルセンの二人の時だった。


―完―

メーネの名前が本編で出てきませんが、マインを助けた女性は勿論メーネです。
第一章 第三話 2で言っていたちょっと情けない出会い、というのがこれです。 序盤固有名詞が出てこないので、分かりにくいと言う指摘がありました。なので本編を読んでないと分かりづらいです。申し訳ありません。
ちなみに本編三十年前です。
(2010.10.22)