残される者 1

 ため息の音が聞こえる。
 もう自分が可愛らしいという年齢ではなくなったからだ。
 母親は歌姫だったが、生憎その才能は受け継いでいない。
 父親は手先が器用だったが、それも受け継いではいなかった。
 幸い子供が少ないキャラバンだったので、子供であるだけで回ってくる仕事もあったが、それももう出来なくなってしまっていた。
 何も出来ないただの厄介物になってしまえば、両親も肩身が狭くなる。
 もはや若いとはいえない母も、すでに前座でしかその声を生かす事は出来なかった。

「ツガート、お前何をする?」
 少し高飛車な言い方をする母だったが、息子を十年以上やっていればそれにも慣れる。
「俺?」
 何かしなければならない、でも自分には芸の才能もなければ、舞台を彩る細工を作る事さえ出来ないのだ。
 父親も母親も、自分の持つ才能を息子へ与えようとした。
 何も出来なければ厄介者になる、それ以上に自分の技を受け継がせたいという親心も持ち合わせていた。
 だからツガートは決して両親が嫌いではなかった。
 そして、自分が何も出来なければ自分達一家の立場が悪くなることも分かっていた。
 ただの雑用なら誰でもできるのだ。


 キャラバンの中では芸を持たずとも重宝されている男がいた。
 力仕事は彼の仕事でもあったし、用心棒代わりでもあった。
 山の様な巨体に似合わず無口なその男は、最近冷たい目で見られ始めたツガートと二人きりになる事が多くなり、少年の事を気かけていた。
 男は思い悩む少年に何か出来ないものかと考える。
 しかし男が彼に与えてやれるものは、ひと振りの剣でしかなかった。
 それがその少年の運命を大きく変えるとも知らずに。



 あいにくと両親から細身の体を受け継いだせいか、少年は男ほど大きく成長する事は出来なかったが、剣の腕は男に追い付くほどまでになった。
 もはや厄介物ではない。
 その事に両親は喜んだが、何か起これば真っ先に飛び出さなければならないという用心棒の仕事に、折角息子が選んだ道を目の前で嘆く事は出来ず密かに悲しんでいた。
 ツガートはそれに気づいていたが、自分を思ってくれる両親に感謝をしつつも剣を捨てる事はもはや不可能だった。

「ツガート、どこに行くの?」
「買い物、一人じゃ無理だからって」
 と、最近入ったばかりの踊り子の少女を見る。
 その少女は可愛らしく手を振っていた。
 なるほど、買い出しを口実にしたデートかと母親は苦笑いする。
「あんた、やるじゃない。帰ったら詳細教えなさい」
「はあ?」
 赤面した息子に、まだまだ年齢以上の魅力を持つ母親はにんまりと笑う。
「さっそく旦那に教えないと」
 と小躍りしながら父親の元へ去っていく母親に、ツガートは肩を落とす。
 帰ってきたら根ほり葉ほり聞かれそうだ。
 でも今はあの子と行かないと、と両親に背を向けた。

「ねえツガート、あなたのお母様面白い人ね」
 昨日までは素敵な人ね、だったのだが、先程の件で印象が変わったのだろう。
「変な母親だろ?」
「ううん、いいお母様だと思うわ」
 そう言われて喜ばない子供はいない。
 いい子だと思った。このキャラバンに売られてきた事は知っていたし、どう接していいかと悩んだこともあったが、自分はこの子を好きになるかもしれない。
 自分の腕に絡んでくる少女の腕、それがとても心地よかった。

 キャラバンは街から少し離れた所でテントを張っていた。
 街中で張れる事もあるが、今度の町はそれほど大きな街でもなく、場所がなかったのだ。
 だから店までも時間がかかったし、その分話す時間もあった。
 口実とはいえ、ツガートが荷物を抱えるほど買わなければ次からは抜け出しにくくなるので、本当に腕一杯に買う。
 両腕がふさがったツガートに露店で買ったお菓子を食べさせてくれる少女、決してキャラバンが嫌いではなかったが、帰りたくないと思うのは若い二人にとっては仕方のない事だろう。


「遅くなっちゃった。怒られるかな?」
 まだ新人の少女は落ち込む様子を見せるが、生まれた時からそこで生活しているツガートはあっけらかんとしていた。
 どうせ二人で行った事は全員知れ渡っているだろう。小言は受けるだろうが、母親と同じく、最後はどうだった? と首尾を聞かれて酒の肴にされて終わりだろう。
 そう言って慰めればよかったのだ、しかし何となく言いそびれてしまった。
 そしてそれは一生伝える事は出来なかったのだ。



 風が吹いていくる。
 風上はキャラバンの方だった。

 ツガートの足が止まる。その風は血の匂いを含んでいた。

 荷物を放り出し、来た道を駆け戻る。
 テントは破れ、地面は血を吸い、黒く光っていた。

 かろうじて形を保っているテント内に入ると、そこは野戦病院のようであった。
 遅れて入ってきた少女は、そのあまりの光景に気を失いかけるが、生きている者の呻きがそれを止まらせる。
 そしてツガートは一点を見つめていた、父と母が手を取り合い血を流す様を。

 

 両親の脇では生き残った者達が必死で止血をしているが、もはや流された量は致命的だった。
 それならばまだ生きる望みのある者の手当てをするべきだ。
 誰からともなく伝わったその意志に、一人二人と両親から離れていく。

「父さん、母さん」
 その言葉が聞こえたのか、かすかに両親の目が開く。
 生きている! まだ生きてるんだ!!
「父さん! 母さん!」
 どうしてみんな離れるんだ? 生きてるだろう!!
「ツガート?」
「母さん・・・・・・・・・・・・」
 今度はしっかりと母はほほ笑む。
「ね、凄いのよ。この、手先が器用な・・・・・・くらいしか、取り柄のない旦那が・・・・・・
 あたしを、かばってくれたのよ」
「結局、守り・・・・・・きれなかった」
 父が涙を流す。ツガートが見る初めての父親の涙だった。
「は、何言ってんの。あたしの目は、間違っちゃ、いなかった」
 確かに息子から見ても、釣り合わない両親だった。でも仲が良い事も知っていたのだ。
「ほんとにさ、惚れてたんだよ。
 そんな、あんたの息子だよ?
 だからさ、ツガートだって、大好きなのさ」
 もう目を開けている事も辛いのか、母親の瞼が降りる。
 そしてそれを確認してから父親も目を閉じた。
「ツガート、すまんな」
 そして、二人声を合わせる。
 お前の話、聞きそびれた・・・・・・・・・・・・と。
 それが最後の言葉だった。

 キャラバンは、町のはずれに留まった事が災いし、盗賊に襲われたのだ。
 団員の約半数を失ってしまった。
 そしてツガートに剣を与えた男は利き腕を失った。

 ツガートは考えないようにした。
 ひょっとして、自分が残っていたら両親くらいは助けられたのではないかと。

 誰の慰めの言葉も届かなかった。
 男の言葉も少女の言葉も、ツガートの心を癒しはしなかった。
 決して出来た両親ではなった、それでも愛していたのだ。
 後悔は少年の心を蝕んでいった。

 そして、押しつぶされそうになった少年は、慣れ親しんだキャラバンを去る。

ツガートがマインとまだ関わっていないので、携帯版をご覧になっていない方には誰だこいつ?という話です。
この話は以前の携帯版のキリリク小説ですが、続編の短編集と合わせて、マインとの出会いと別れまでを外伝としてこちらに書きたいと思います。
ちなみに本編四十年前になります。
(2010.11.28)