第一章 第四話 5

 アルカに震えが走った。アルカはそれを自分の怯えだと思ったが、アルカを守るように横に並んだアルセンはそうは見なかった。どちらかと言えば武者震いの類だろう。
 以前食卓でアルカの中に剣の才を見た自分が間違いでなかったとアルセンは確信する。あのマインの息子、無茶をさせる気はないが、存分にその腕を見てみたいとも思う。

 だが、実際は本格的にトーメルク兵と切り結ぶ気はカーダル達にはなかった。このままトーメルク兵の中を勢いのまま突っ切り、そのまま逆の方向へ走り抜けるつもりなのた。もちろんその間に若者達が多少なりとも実戦を経験できればとも思うのだが。

 敵が迫ってくる。若者だけでなくマイン達にも緊張が走る。
 アルカが先頭に目を走らすと、そこに父の背を見た。真っ先に馬を走らせている。そしてトーメルクの先頭に居た兵士にその一撃を降らせた。
 その重い一撃に、相手はそのまま沈む。まず間違いなく即死だろう。そう冷静に分析する横で、久々に父親が人を斬る所を見てその鮮やかさに感嘆する。


 何と強いのか。


「アルカ!」

 いつの間にか考えに没頭していた。アルセンの言葉にアルカは再び集中し始める。だが密集した元遊牧民のセーダルの間を抜けるトーメルク兵はいなかった。紡錘形の外を形成する熟練者達が駆け下りる勢いと共に周りのトーメルク兵を馬上から落とす。
 だがその一陣の矢の如きセーダルの前に数名の兵士が立ちふさがった。他のトーメルク兵が勢いにのまれる中、逃げ後れた者の集団か。彼らが一斉に剣を構えなおす。

 真っ先に気付いたのは、やはり先頭を行くマインだった。先程と同じく馬を走らせながら馬上から剣を振り下ろす。
 一人、二人、そこでマインの手が止まった。


 手を止めた事に気づかなかったアルセン達が見た光景は、マインの血が舞う所だった。

「マイン!!」
 アルセンの声が隣から響いた。
 アルカの目が驚愕に見開く。先程の集中が途切れ、剣が重く感じる。手に汗がにじむ。

「焦るな」
「アル・・・・・・セン」
「焦るな、アルカ」
 父の友人の声にはすでに動揺はなかった。それがアルカに安堵をもたらす。再び目を先頭にやると、勢いの衰えない父の姿がある。
 何も変わらない、何も変わっていないのだ。


 セーダルの先頭が敵の陣形を崩し駆け抜けた。セーダルの勢いが勝ったのだ。
 分断されたトーメルクの兵達は後方へ追い抜かれたまま追う事も出来ない。
 セーダルの民たちはそのまま闇夜を駆け抜け姿を消した。

(2014.2.9)